片付けが半分ぐらい終わりました

コメント:

旦那の起業に際し、物置になっていた部屋を大掃除している。
書斎として使うためだ・・・というか、

引越し当初から旦那の書斎にする予定だったのだが
北側で寒いため、旦那が嫌がって使っていなかったのだ。

で、結果として物置化していたわけですが。

この部屋にあったものは、郵送物の山、服(含む廃棄待ち)、本、ダンボール箱、
使わなくなったPC&プリンタ、スキャナ、モニタなどであった。

・・・本当に物置である。


-----


PCの周辺機器は送るだけで処分してくれるところに発送。
PC本体(デスクトップ&ノート)については、後日HDDだけ
破壊するか外すかして送るつもり。取り敢えず、放置。

服の一部はフリマをやる人&欲しいと言ってくれる人に託し、
あとは取り敢えずダンボールに詰めて居間へ移動。あとで分類予定。

本も、本箱に入りきらずに外に出てしまっていたものは
全部ダンボールに詰めて居間へ移動。

これで、やっと片付ける準備(てゆか場所の確保)が完了w


まずは、残りのダンボールを、必要最低限だけ残して折りたたみ、
郵送物は個人情報部分全部切り取って紙ゴミへ。これが一番大変ですたorz

同時に、捨てる予定で部屋の奥に積まれていた服を、布ゴミとして廃棄。

これで3割、片付いたw


次に、ダンボールが積んであった高窓のカーテンを洗濯して窓を磨く。
サッシに詰まったホコリもぜーんぶ綺麗に洗い流しました。ぴかぴかです。

で、やっと本命、本棚の整理。本の他に、CD&ビデオも含まれていますが。


・・・これが厄介なのよねぇ。


-----


まず最初に、有り得へん状況に頭を抱える。

旦那が前職場(某レンタルショップ本社)から貰ってきた
未開封の試供品(勿論非売品)がダンボール3箱にもなっているw

あほか!非売品は売却も出来ないというのにどーするのだ。
本当に見る&聞くのか?と言ったら案の定わからない・・・と言ってるしorz

てゆか・・・リスト出したら欲しい人出てくるかしら。

恐らくは特撮系と、ちょっと萌え系だと思います。わからんけど。


取り敢えずこれは保留。箱から出すのも最後にすることにorz


私らは「ない」ものはつくれない

コメント:

先月まで六本木ヒルズで開催されていた、
医学と芸術展(←公式。「過去の展示」はこちら)の感想を書いてみる。


行く前は、「ろぐ。」にレポ挙げる気満々だったのだが、
あまりにも感想を書くことに空虚感を抱いてしまい、書いていなかったのだが。


ちょっと、思うことがあったので、こっちに書いてみる。


結論から言うと、展示会としてはものごっつ素晴らしかった。
貴重な作品がものごっつ多数展示されていた。

#主観としては、あまりに「医学の歴史」過ぎて、ちょっと物足りなかったけど。

また、人の入りが多く、客層がやたら幅広かったことにも驚いた。



(読まないと思うが)私信

コメント:

自分からは何も行動を起こせず、ただ愚痴を言って発散したいだけの人っていうのは

「祭り」が起こればそこにいってわ~っ と騒いで
祭りが収まりゃ次のネタを探しに行くだけなので

祭りが起こらなければひたすらずっと天に向かって唾吐いてるだけです


あーいうのの怖いところは、思想も信念もへったくれもないから
ストレス貯めこむと外に向かって爆発することなので

そういう意味では全くもって無視することは出来ないが

意外に、自分の道とか勉強すると楽しいこととか発見すると
そっちが忙しくなくて楽しくなって、そのまま帰ってこなくなったりもするので

やっぱ、必要なのは教育と、彼等を受け止める社会。なんだろうなぁと思っています。
お金なんかあげても多分、ろくでもないことに使って一瞬で終わらせちゃうからね。


遣り甲斐とか、生き甲斐とかが足りないのは可哀想だよな。

もしかしたら生きているって実感すらないかもしれん。

そういう人は、多分死ぬときにならんと色々に気づきません。
そして、死が身近になったとき、初めて慌てるのだと思います。


私がラッキーだったのは、

結構幼少の頃に、死 というものに真剣に向き合う機会があったことだと思ってます

私の半生は、様々な「死」と真剣に向きあうことでした


今は、生きることと向き合えているので、日々が大変楽しいです。
まあ、生きるってのは、とても大変なことなんだがさ。

感情かお金でしか動かない

コメント:

敢えて主語を書きませんが。

不愉快な人からの依頼は、お金を出されたって「しぶしぶ」しか出来ません。

だから、仕事だからやれ!という奴は頭が悪い。


1日のうちの、起きている時間の半分を「仕事」に費やすと計算するなら
成人してから退職するまでの長い人生の半分を費やすわけですから、

そこを有意義に過ごせないなら、人生の半分を損していることになります。

キリスト教圏では労働は原罪=我慢してやらねばならんもの、かもしれないが
日本にとっては良い仕事=良い人生、って価値観なのだから

仕事が拷問だったり、我慢大会だったりしたら
あっさりと放棄して当然だという話でありんすよ。


お金なんか貰ったって貰わなくたって、
気持ちよく仕事をしたい、という本音を持つのが健全であろう。

ましてや、はした金で労働力を提供する義理は誰にもないのだ


生活の為に仕事をするのに、他人の存在なんて関係ないかもしれないが
能率が上がるとしたら、そりゃ「良い感情が保てている時」に決まっています

生産性がMaxになるのだって同じだ
効率化をマニアックに楽しめるのなら話は別だが
大抵の人は、他人の言葉一つで幸せにも憂鬱にもなれるのだ

自己主張出来ない人

コメント:

増田に自己主張しない奴は死んだも同然 という記事がありましたが

意見を言えずに溜め込まれて爆発される方が余程困るので
この元増田の人に対しては頑張って戦って欲しいと思います。が、


自己主張をするという機能がついていない人も実際にいます。

いや、自己主張をしなくても生きていける機能がついているというべきか。


てゆか、うちの旦那のことなんだが。

その機能は日本の企業においては大変重宝がられているようなんだが
個人事業主としてやるからには、そんな機能はなんの役にも立ちません。

むしろ邪魔。



豆腐乳探してくる(という自分メモ

コメント:

昔から豆腐の味噌漬けとか豆腐の燻製とか大好きなのだが、
ある日、中華街大好きな友人が、豆腐を発酵させた瓶詰めをお土産にくれた。

で。それがめっさ好みの味で、一時期欠かさず置いていたのだが
数年後。

いつのまにか中華街の街並みが変わってしまっていて
いつも行っていたお店がなくなってしまい、買えなくなってしまった。

その後色々調べて、沖縄の「豆腐よう」というのがそれに近い、
ということを知ったのだが、あれはお酒の匂いが強すぎて

確かに似ているけど、でもこれじゃないのー(号泣

と思っておりました。

つい先日も新宿に出ていた沖縄物産屋の前で
往生際悪く、これじゃないんだよね、ちがうんだよね(涙
と、ひとりごちていたのですが、

今日、Gigazineで豆腐の燻製の話題(しかも今すぐは買えない)を見て

なにこの生殺しwてゆかやっぱりどっか売ってないかなあああああああ

と、色々類似品をネットで調べてみたら、やっと名前が分かりましたよ。

豆腐乳でした。

読み方は「とうふーるー」だとか「たおぎー」とかあったが
私の記憶ではたおぎーの方だった気がする。台湾読みのようである。


池袋のあの界隈に売ってるかなぁ。ちょっと見てこよう。

奇跡とは、現実の形でやってくる。

コメント:

本物の奇跡と偽物の奇跡の見分けのつけ方 byししょー


偽物の奇跡は、神の啓示であるかの如くやってくる。
本物の奇跡は、現実の形でやってくる。


奇跡ってのは、努力の賜物とも言えるんだよな。
努力があって、ご褒美である奇跡を頂けるのだ。


あたかも啓示であるかのような、人を惑わせるものに
心を動かしてはいかん。相手の思う壺というものだ。

ということは、師匠以外にもたくさんの人が言っているが


実際、その通りだと思います。


しかしどんなに奇跡が目の前に舞い降りたとしても、
それを掴む意志が無ければ、

その奇跡が、本物か偽物かを見極めるべく飛び込む勇気が無ければ

儚く消えるものなのだ。



怒りながらモノを食べてはいけません

コメント:

あ"ー、きもちわるぃ・・・


旦那がものごっつ思い違いをしていたので
怒ろうと思っていて怒るのを忘れていたことを思い出し

パン食べながら怒ってたら気分が悪くなった。

怒っている時は胃液の分泌が悪くなるからだめよ~、

と、旦那におろおろされてしまった。


だったら怒られなくても気づいて・・・orz


-----


師匠の教訓。

ダメな上司は感情で怒る。
普通の上司は黙っている。
良い上司は戦略的に怒る。


・・・・・


相手にとってはベストのタイミングだったと思う、

のだけど(目をきらきら輝かせていたし

自分にとってはイマイチなタイミングでござんした・・・(ぉ

一応断って置くと

コメント:

漫才なんで、これ(謎

リアルにおける、情報のいい加減さ

コメント:

先日、麻生さんの使った風呂なんて使えるか的な記事が流れてましたね。

あまりの糞くだんねータイトルに
記事を開くことも、ブコメを見ることもしていませんでしたが、


しかし。

土曜日、たまたま入った蕎麦屋で、おばーちゃんたちが話題にしておった。


あんなので税金使われるなんてねぇ、とか
こっちはこんだけ働いてこれだけしかお金ないのにねぇ、とか

そんな感じの感想ばっかりです。


なんだなんだ、マスゴミの思惑通りになってるやん
やっぱりあの糞くだらん情報発信にはそれなりに意味があるんだなw

という皮肉めいた感想を抱いておりましたが、

その後は天下りがどーのこーのとか、ひたすらに
マスゴミ洗脳をされた、政治家への愚痴がだらだらだらだらと。


ああ、あとはどこそこの店でご主人が身体壊して店をたたんだとか
そういう話題ばっかりね。それが何件も何件も出てくるんですわw

入った店が、昔ながらのお蕎麦屋さんで、
懐かしいねえ、こんなところが23区内にまだあるんだねぇ、

なんてことを話していた矢先のそれだから、なんか切なくなっちゃった。

この店だって、継ぐ人いないんだろうなぁ・・・


しかしそうやってくっちゃべってるばーちゃんたちにとっては勿論、
それの本質がどうであるかなんていうのはどーでも良いわけです。

噂のネタがあり、日頃の不満をぶつける相手がいれば、それで宜しいわけでしょう。


途中で、あまりにくだらねーな、と思って聞くのを辞めて、食事に集中しましたが、

まあ、これが現実だよな、ということだ。


愚痴はだらだら言うんだが、それらを摘発して
なにかやろーとかいうパワーに変わることはまずないわけだし

次の選挙でもきっとまた、目先の情報だけで判断して投票先を選ぶのだろう。


そういうもん、なんだろう。



ネット上に、こんなおばちゃんたちが言うことが流れていたら
そりゃもー面白いように「釣れる」ことでしょうw

少なくとも今の日本におけるネットってのは、そういう場所だと思っている。

由々しきことではあるかもしれないが、大したことではない。
そんなのは、何年も前からわかりきっていたことなのだから。


故に、私はリアルの方が、余程いい加減であるわけだ。

この感覚が「匿名」という場で展開されたら
そりゃひどいことになるのもよくわかる。

それだけ、正論を言う場がないからなのか、
もっと違う理由があるのかはわからないけどね。