「雑記」

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あけましておめでとうございます。

昨年末は、毎度とも思いつつ色々なことがあり、
その中でも(これも常日頃の話であるんだが)特に
人とのお付き合いとか、そーいうのについて
色々と考えるところがあったわけですが。

まず。

昨年末は、個人的には絶対に付き合いしないよーな
自分にとっては新しいタイプの人とのお付き合いが発生しました。

ある時期を境に、人との新しい交流ってのに
興味を持たなくなっていた自分としては、

ぶっちゃけ、この手のイベントは腰が重いことこの上なくw

とは言え、元来人を観察するのが好きなタイプなので
知ればそれなりに興味が湧いてきたりもするんですけどね。


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話はちょっと逸れますが、人付き合いをするにあたり
この「興味」ってのは、ものすっごい重要です。

人間、興味がないことには意識を割きませんからね。
意識を割かない→認識しない→関係なんて生まれないわけで、
関係を保つために「相手に興味を持つ」ってのは最低限だと思う次第。

で、相手が殿方であった故に、そういう興味の醸成は
やっぱり直接ではなく、ネットワークを通してだったりいたしました。

平たく言うと、チャットで会話して、やっと興味が持てた。

興味というか、この人はこーいう人なんだ、という風に
受け入れることができた、という方が、意味的には近いかもしれません。

それが出来ないうちは、どうしてこの人ってこうなんだろう、という
疑問とか(自分が理解できない)不安とかが先立ってしまう。

そうなると、相手を知ることの方が重要になるのだけど
この手の「詮索」ってのは、受ける側は大変不愉快なんだ。

その上、価値観てのは人によってまちまちだから、
知った結果、否定的に固まったりするともうどうにもならん。

が、良い所とか悪い所とか、そういう判断は自分の中の問題でしかなく
自分が否定的に捉えるような人柄でも、別の角度から見たら
長所になったりもするんだよね。

だから、自分の中の否定的な感情も全部受け入れて、
どういう付き合いをしていけばよいかを考える。

相手に興味を持てないままに、否定的な感情そのままに
付き合い方だけを考えると「作業」になっちゃうので、
面倒だし億劫だし腰が重くなるわけです。

ニンゲンですし、否定的な感情も抱いて良いと思います。
が、その否定的な感情が壁になって相手を寄せ付けないのは問題。

例えば、友達の悪いところを直接本人に
言えるか言えないか、みたいな話だよね。

私は結構、良いことも悪いこともストレートに言うタイプなので
言って大丈夫な人かどうかとか、気を使うの嫌なんだよね。

で、結論としては愛がなければ、悪いことなんて言ってやらんのです。

という話になる。

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閑話休題、

まあそんなわけで、表面的にその場限りてきとーに付き合うではなく、
きちんと相手を見て会話をする、ってのは結構相手を選ぶ割に
誰にでも声をかけて一緒に遊ぼう、と言う私なのですが(ぇ

それでもこの年末は、良い御縁に恵まれたなぁと思いました次第。

自然体で付き合えそうなお友達も出来ましたし。

ほんとに、ここ数年、人との付き合いという面では
すごい広がってるなぁというか、リハビリ出来てるなぁというか

年齢的なものかもしれないけど、
私のことを狭いところに押し込めようとする人と
縁がなくなった、ってのが本当にありがたいと思う。

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このページは、qufeiが2009年1月 1日 20:48に書いたブログ記事です。

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