祈りに似た思い。

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さて、書きたいことが一つあるのだが、
その前に父のことでも書くか。

どっかに書いたような気もするが、
大切なことなのでもう一度書いておく。

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一言で言えば躁病である。うつ病の逆だな。

嫌がることをして喜ぶという形でしか
子どもとの接し方がわからん人でした。

父から嫌がらせを受けると、母及び周囲の大人が
「あの人は可哀そうな人なの。ああいう形でしか
愛情表現が出来ないけど、あなたたちのことを
本当に大切に思っているのよ」と諭してくる。

まあ、嫌がらせって言ってもほんと可愛いもんで、
脅かす、嫌味言う、セクハラ的行為も多少含むとか
その程度なので被害はそれほどでもなかった。

それよりも、周囲の押し付けの方が余程うっとおしかったし、
子どもを利用して自分のうっ屈を晴らそうとする母の方が迷惑だった。

なので、私にとって父は、ただただ「可哀そうだけど幸せな人」である。

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そりゃ、若い頃は大変だったのだろうけど
兄弟は全員、歪んでしまったし、
実姉の旦那の連帯保証人詐欺にひっかかるわ、
実姉自身も(遺産を奪うために)息子を両親の養子にして
自分が建てた家も、稼いだお金も何もかにもを奪われてしまったけど

それでも家族との絆を断ち切れずに、
実家の近くにまた家を建てちゃったんだけど

母は、割りきれずに子どもを使って少しでも
実姉からお金を巻き取ろうとしたりもして

ああ、迷惑だったさ。迷惑ではあったけれども、

周囲に厄病神呼ばわりされながら
それでも借金全部返して

何もかにも失ったけど、大切にしたかった
唯一の母という存在を独り占めすることが出来て

元々体も弱くて病気の見本市みたいなひとで、
薬で躁状態を押さえておかなければ
いつ死んでもおかしくないとか言われてるけど

#本人には内緒な。

運が滅茶苦茶良くて、手術をするという話になったら
何年も待たなければ会えないような名医が
ひょっこり現れて、手術してくれることになったりとか

ああ、今まで頑張った分だね。と、言ってやりたくなる。

あの人は、きっと良い死に方をするだろう。と思う。

仕事と考えることしか能が無くて、
父親らしいことは何一つしてくれなかったが

私が中学になる頃には腕相撲で私の方が勝つぐらい
本当に、非力で何もできない人だったが

精神状態が悪い時に酒が入ると何しでかすかわからなくて
怪我させられたこともあることはあるんだが

社会に出た時、(そんな環境下で育ったおかげで)
年上の男性との付き合い方が、最初マジで全然わからず
ものすっごい苦労をしたことも確かではあるんだが

それでもまあ、母の気持ちよりは
父の気持ちの方がわかる。

この前、手術前日に見舞いに行った時に
私と妹の幼いころの写真を引き伸ばしたカラーコピーを押し付けてきて

こんなに綺麗な目をしてるんだからお前たちは大丈夫だ

と、何度も何度も繰り返すのよ。

元々小さかった身体を3回りも4回りも小さくして
ベッドから動けずにいる人が、そういうことするのよ。

こんな人のこと、せめて安らかな最期を迎えてくれ。

としか言えないじゃないか。

みたいな感じです。

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それはそれ。

「母親が不在な感じ」は、自分がここに存在すること、という部分で追い詰められた。
「父親が不在な感じ」は、社会に出るにあたり、苦労を強いられた。

母性とか父性というのは、そーいうものを構築しておるんだな。

ということなんだろう。

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このページは、qufeiが2009年7月29日 22:59に書いたブログ記事です。

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