それこそ「あくまでも外野の無責任な感想」なんだが

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まず、考えのベースにあるものから。

(一部の、一般的に嫌われがちな特徴を持つ)ヲタと
(一部の、一般的に嫌われがちな特徴を持つ)オバサンは
どことなく似ている、と思っている。

周囲の迷惑は顧みず、身内の幸せを優先するが故に
先陣切って他人を押しのけていこうとするたくましさだとか、

愚痴と他人の不幸が大好きで、幸せそうな人や若い人、
見た目が良い人の成功は「熟練者視点」で全力で叩くところだとか、

自分の庇護下に入りそうな人には
「熟練者視点」で頼みもしないアドバイスをたくさんくれることとか、

客観的な意見には、ほぼ理解を示さないこととか、
最後には「実際にここで生きているのは私である」と
自分がどうしたいかのみを論点にするところとか、

そういうのを前提としての外野の感想。

建設的な会話は望めないが一定以上の数がいて
しかも声が大きかったりするあの類の人たちとは

関わらずに生きることが出来れば一番良いとは思うんだが
いかんせん、声が大きい故にぶち当たることも多いわけで。

特にクレーム対応なんかしてるとね。
「お客さん」に、そういう人はそこそこの数がいるわけです。

で、そーいう人たちと会話を成立させるためには

「わかります」

と、ひたすら相手の言い分を聞いてあげて
それから、こっち困りごととかルールとかを
相談を持ちかけるように、庇護下に入るかの如くに
相手の自尊心をくすぐる立ち位置に入るのが良いと思います。

上から目線の人に、上から目線をかぶせるのは厳禁。
そもそも相手には、スキルがないのだから
こっちが折れるしかないです。

#但し、社会が狭い人の一部には権力に弱い人も多いので
#最後の手段として権威を使うのは、場合によっては悪くないが
#なるべく穏便に話を付ける方向で進めることを前提に話を進めます。

一社に長く勤めている、営業以外の人にも
こういう傾向は結構あるよね。

コンサルに入ろうとすると

うちの会社はこうなんだから、外部の人間にわかるわけがない!

みたいな人。あれと一緒。

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それはそれとして、そういう声の大きい人たちが
「言った者勝ち」になる世界は、私個人としては大変好かんです。

が、そういう文化が出来あがっているところに
水を差すのも野暮だと思ってるんだよね。

郷に入れば郷に従うのは、ある程度は大事。

責任がない立場でそういう場所に入る時は
自分の立ち位置さえ決めて演じてしまえば良いと思う。

だが、例えば「雇用関係」、貰う給料分は責任を果たす必要があったり
そういう人たちからお仕事の依頼を受けてしまった時は、どうすれば良いか。

#まあ、電話係としてクレーム電話受けちゃった時もそうだし
#雇われ店員として接客する時なんかもそうなんだけど。


そういう人たちからお仕事の依頼を受けてしまった時は、どうすれば良いか。

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最近、仕事をする上で

「人は自分を気持ち良くしてくれる存在に対してペイする」
ということは深く考えないといけないな、と思うようになった。

以前は、高品質であることが前提条件みたいに思っていたのだが、違う。

高品質であることは、あくまで「相手を気持ち良くする」素材でしかなく
品質が低くても、それが相手を気持ち良くするものであれば売れるし、
品質が高くても、それで気持ちよくなる人がいなければ売れないのだ。


私の仕事は量産型のものではなく
カスタマイズ製品なので、その傾向はより顕著だ。

まず、依頼してくる企業としてはどうであれ、
依頼担当者が気持ちよくならねば提案は通らない。

次に、依頼担当者がどんなに気持ちよくなったとしても、
稟議を通す人(その企業のことを考えている人であることが多い)が
気持ち良いと思わなければ提案は通らない。

最後に、もしそこで提案が通っても、サービス公開後に
その企業の顧客=利用者が気持ち良いと思わなければ、破たんする。

それらの過程で、「あいつはわかってない」
「そんなことやっても利益なんてでないのに」
とかいう、愚痴を言うことは意味がないのだ。

そもそも、わかってないから外部に金を積んでやらせるわけだし
自分が良いと思わないものを、顧客に提供はしようとはしない。

相手がわけわからず独断で間違えたことを言ったら
「本当にそれでいいんですか?」とかお伺いを立てるのではなく
「その結果、こういう悪いことが起こると思いますがよろしいですか?」

と、言わなければならんのだ。

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仕事では、お金を受け取ることが前提だから、それで済む。

しかし前半に書いた忌むべき存在は
なんでもかんでも自分らでやりたがるから性質が悪い。

社会の単位が小規模になればなるほど、その傾向は強く感じる。

大企業より中・小企業、中・小企業より個人商店、
個人商店より1ユーザー、みたいな感じでね。

そもそも、我儘をやりたいから大きな社会を作らないんだろう。

そんな人に、社会みんなが喜ぶような提案をしても喜ばれるはずがないし、
そもそも、それをやりたくないから社会の単位を小さくしているのだから
大きなお世話、としか言えない。

どちらかというと、それを迷惑に感じていることをダシに
お願いしますよ、どうにかして欲しいんですよ、と
同情を引くように提案を促す(或いは提案をする)方が、得策であると思う。

#そうすると、恐らく「うちらもそこは感じているんだよねぇ」と始まるだろう。
#そこで思考が停止するところを、そこをなんとか!例えばこんなのとか!と
#無理くり提案して、相手の重い腰を持ちあげさせることが出来れば神。

#ひたすら粘りと根気と実行力、を提示する気がないなら
#むしろ余計なことは言わない(関わらない)方が良い。

#と、いうか、関わらない方がお互い嫌な思いしないで済む。

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このページは、qufeiが2009年8月30日 14:32に書いたブログ記事です。

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