そういえばですね。
私には、女子なんざ目に入らないほどの、敵
というか、闘わなければならん相手がいたので
当時は全くと言っていいほど気にしていなかったのだけど
確かに、女子をシカトし続けると面倒は面倒だし、
女子の中で平和に生きていくには、あいつらをシカトするわけにはいかんだろう。
そういう意味では、たぶん普通の女の子は
女子力を無視して生きていくのは難しいのかもしれません。
というわけで、それを説明?するために
私が女子をシカトし続けつつも、どのように女子と関係を持ってきたか、
またシカトした結果、どんなことが起きたかを、ちょっとだけ書いてみようと思う。
#先に言っておくと、あまり真髄は語れない。
#なぜなら渦中に居なかったからだwと、途中で気がついた。
#大層なタイトルにしてしまったけど、期待はずれだったらごめんね。
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まず、幼稚園の時は、女子との摩擦はほとんど感じなかった。
恐らく、私立の幼稚園だったからだとか、男女の区別が
それほどなかったからなんじゃないかと思う。
#とはいえ、大きくなったら○○くんと結婚する―
#みたいなことは言っていた気がするがw
小学校は普通に公立で、一番最初に「なんだこいつ。」と
思うような女子に遭遇したのは、小学校一年の時だった。
詳細は覚えていないが、女版ジャイアンみたいなのがいたわけだな。
アイドル集団(多分おにゃんこ)の振り付けや
服装を合わせることをみんなに強制したり、
気に入らない奴がいると無視することを周知・徹底させる、
超目立ちたがり屋・仕切りたがり屋で、見た目は
ちょっと前で言うヤマンバみたいにまっ黒く焼いた女であった。
で、私は当時、近所に住んでた身障者の女の子が
男の子にいじめられるのをかばっていた都合上、
男の子から毎日のように集団暴行を受けていたので
そんなの相手にするどころではない日々だった。
・・・といっても、ただ殴られていたわけではない。
いや、最初は1人2人にちょっといじめられる程度で泣いて帰っていたのだが
そのうち、誰も助けてくれないということに気づき、仕方無く応戦した結果
当時は私の方が身体が大きかった&力が強かったこともあり
勝っちゃったんだな。そしたら集団で殴りかかってくるようになった。
奴らは、喧嘩してくれる相手(しかも強いから面白い)
みたいな感じで、日々じゃれあいのつもりだったようで
後でコクられたりもしたんだが、私にして見ると大迷惑でしかなかったが、
とは言えいじめられる身障者の娘を放置することもできず
仕方なく日々喧嘩をする羽目に陥った。というわけ。
で、上記の通り、男の子の興味が私に集中することが
例のヤマンバには耐えられない屈辱だったようで、
そりゃもうひどい嫌がらせの日々であった・・・と思う。
まあ、ベタに無視されたりとかそーいうやつなんだと思うが
それでも、一瞬は、和に溶け込まなくちゃかなぁと思ったんだけど
向いてない。というか、楽しくないし不愉快だし意味わからん。ということで
そのうちてきとーにでも合わせるのがめんどくさくなり、
無視されることを無視するようになった。時間の無駄だと思ったんだな。
だが、確か2年生になった頃、1日学校を休んだら机が廊下に出されていて
中に入っていた色鉛筆などの文具が全損していた事件が起こる。
男子がやったのか女子がやったのかわからなかったのだが、
ともあれ、あの屈辱感といったら。
そこで、私の超負けん気に火がついた。
絶対、こいつらに弱いところを見せてやらん。もちろん学校も二度と絶対休まない。
色鉛筆などは先生に相談して、全部先生に買ってもらった。ざまみろ。
とにかく、こんな陰険且つ見ていないところでしか
何も出来ないような貧相な精神の奴らに負けてなるものか。
と、思うようになったのです。
で、こっちはこっちの意志で、奴らに合わせるのをやめたわけだから
無視されてもまあ、貫く代償として仕方がないねぐらいに思っていたが、
たまにクラスの女の子に、
「本当はあなたのこと嫌いなわけじゃないの、
でも無視しないと私たちがいじめられるの、だからごめんね」
とか、謝られたりもした。
しかしこれで(女子集団に対して)完全に、冷めることとなる。
よするに自分が可愛いんでしょ?
ということで、大変馬鹿らしく思ったことを覚えている。
むしろ、それまでは自分の勝手な負けん気で合わせなくてごめんねとか
気を遣わせてごめんね、ぐらいに思っていたのだが
そういう気遣いをすることすらも、馬鹿らしくなったのだ。
恐らくこの辺で、女子力とかそーいうのに一切気を遣わなくなった。
#しかし、表面では「そんなの気にしてないよーありがとねー^^」
#と、言っていた自分は、女子力がそれなりにあるのかもしれないが・・・
#まあ、相手の言語で話すようにはしている。いつでも、誰にでも。
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で、クラスの女子と馴染むのをやめた私が
当時、どこで誰と遊んでいたかと言うと、
低学年の頃は、喧嘩から本当に友情が芽生えた一部の男子(←笑)
仲の良い近所の上級生の女の子たちと遊ぶことが多かった。
中学年ぐらいになると、男が女を意識し始めて
一緒に遊んでくれなくなった&上級生は卒業してしまったことと、
妹が小学生に上がってきたので、低学年の面倒を見ることが増えた。
また、元々雑用を頼まれたり、誰かの面倒を見るのが大好きだったので
保健部・風紀部などに入って休み時間は怪我した子の治療を手伝ったり
先生の雑務を放課後まで手伝ったり(家に帰りたくなかったからなんだけど)
図書室で本を読み漁ることが多かった。図書館だと喧嘩売られないからね。
高学年になった頃は、他のクラスの子たちと良く遊んでいた。
また、喧騒を逃れるために、学校の中に色々な「隠れ場所」を
発見していたため(笑)、同じく静かに学校生活を過ごしたい子たちと
そういう場所で何となく一緒に時間を過ごすことを、まったり楽しんでいた。
あとは、男だの女だのを下手に意識することなく
男として、女として人付き合いが出来るようになった
早熟な(頭の良い)子たちとは、普通に健全に遊ぶようになっていて、
それが出来るようになったことが、当時は一番嬉しかったね。
・・・しまった。本題のあまり女子の嫌な部分が書けていないw
いや・・・本当に全然興味が無くて、実はあまり覚えていないのだ。
というか、関わらなかった故に、知らないと言う方が正しいかw
ただ、学年が上がってくるにつれて、権力抗争みたいなのが
よく勃発しており、ヤマンバの天下ってのは多分
中学年の最後の方には終わっていたように思う。
その頃に力を付けていたのは、ジュニアオリンピックにも出るような
体力のある、結構正義感も力も強いスイマーの女の子で、
彼女がそのヤマンバにとって代わって
クラスを仕切るようになっていた・・・はず。
何故なら、そのスイマーが、クラス全員に私を無視するよう周知していたからw
どういう経緯があったのか全然わからんのだが
周囲には無視させた上で、スイマーは男らしく
私に喧嘩を吹っ掛けてきた(勿論口喧嘩ね)
どこがどう気に入らないからあんたを無視するんだ見たいなことを
正々堂々、スポーツマンらしく言ってきたんだと思う、たぶん
で、そこでどんなやりとりがあったのかは忘れたが、
とにかく、話してわかりあってしまったのだと思う、
高学年に入った頃は、そのスイマーとは
互いの家に遊びに行くぐらいの仲になっていたw
でまあ、大多数を占める一般戦闘員(女子)は
リーダーが私になびいてしまった以上、
私にはかなわん。と思ったのだろう、途端に態度を変えてきた。
高学年になった頃は、抗争が始まると
(その頃はクラス間抗争みたいなでかい事件が良く勃発していた)
どちらのクラスからも「私たちの味方よね?ね?」みたいな
オファーが入るようになっていた
・・・まあ、勿論全く興味無かったですが。
ただ、6年の時、例のヤマンバとまた同じクラスになったのだが
地位を追われた彼女は、その頃は逆に
全女子&一部男子からいじめられる側になっていた
まあ、今までのツケってやつですね。
で、クラス間抗争とかが始まると、
別のクラスの奴らが、ヤマンバ目掛けて総攻撃とか始めるわけ
ほんとに殴る蹴るで、ヤマンバは泣いてるのに誰も助けはしない
で。私一人だけがそいつらとっ捕まえて、つまみ出して
「私の目の前で不愉快なことをするんじゃねぇ」と、一喝するぐらいはした。
障害者だろうが元いじめっ子だろうが、
私は、差別するよーな人ではなかったし、
そーいう人間になろう。と決めて、貫いたってだけなんだけど。
自分の立場がめんどくさくなることを感じながらもね。
そういう、不器用な生き方しか出来ないのを
当時はひどく、めんどくさく思ったものです。
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で、中学にあがると、そりゃもう小学校の頃の反動で、
とにかく好きなことする。とにかく、めんどくさい奴らとは関わらない。
という方向で3年間を貫くことに決めていた。
が、やっぱり男子が私に喧嘩を売ってくることには変わりがなくorz
その取り巻きの女どもに、嫌がらせを受ける図式も変わりませんでした。残念。
いや、中学になると下手に知恵がついているだけに、陰険さも増していた。
トイレに入ってると濡れたトイレットペーパー投げ入れられたりとか
おまえは小学生か!!!と思うようなことをしてくる馬鹿集団がいて
私だけではなく、周囲にまで多大なる被害が出るようになってしまったため
正直言うと、小学校の時よりやりにくくなったことは確かだったが
実は、その男子集団&女子集団は本当にダメな人たちで構成されており、
まず生徒会を乗っ取り、そのうち近所のヤがつく人たちの出入り所に
入り浸っていることが判明し、車盗むだの学校中のガラスを破るなど
微笑ましいとはちょっと言えないぐらい、度の過ぎた成長をして行った
テレクラで男を呼び出して、実際に来たやつを陰で見て笑うとか
(もしかしたら写真撮って脅すぐらいしてたかもしれないね)
そーいうのが楽しみの人たちだったので、結構洒落にならんかった
流石にそのレベルになると、ついて行けない一般人は
完全に我関せず、というかなるべくなるべく関わらないようにしていて
そいつらの標的になっていた私もひっくるめて
邪険にするような賢い一般人も少なからずいた
が、友人と言える人たちにはそういう類の人はもちろんおらず、
面倒見がよく、筋を通す私は先生たちの信頼も買っていたので
たまに、嵐のように現れるその一派の存在を除けば
結構普通の学生時代だったように思う、のだが
一人で居る時に、その一派に遭遇するとマジ洒落にならん気がして
「広報部」(学校内に様々な広報物や防災チラシなどを張り出すのがお仕事)に所属し
日々の作業で使うから、という名目でカッター、定規、画鋲等を
常に携帯しているよー、ってことを見せつけておいたので
女子が、直接喧嘩を売ってくるようなことは無かった
(故にトイレ攻撃とかになったんだと思うんだが)
まあ、ヤバい奴らには、もっとヤバイ奴だと思わせとくのが一番でしょう、みたいな。
しかし3年も相手にしていると結構マジめんどくさくなるので
3年の最後の方で(というかそろそろ最後だし、という意味で)
「そんなに気に入らないんだったら喧嘩売ってくれば?いつでも買うよ」
と言ったら、嫌がらせもしてこなくなった。
こんなことならもっと早く言ってやれば良かった。と思った。
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蛇足なんですが、その頃、男から喧嘩をふっかけられて
一度だけ、きちんとその喧嘩を買ったことがあるんですね
無視することで、周囲に迷惑かけるほど大騒ぎになるなら
一度ぐらい、買ってみるかなと。
勿論その頃は、既に比較にならんほど相手のが体も力も上で
しかもなんだ、ラグビーか何かやってるようなでかい男だったのだが
一度殴られるぐらいはかまわんか。と思って好きに殴らせてやった
ちょっと顔に傷が残ったがwまあ、それで気が済むならと思ったんだが
その後、何で喧嘩買ってやったんだと思う?と聞いたら
「喧嘩好きなんだろ?♪」と、うれしそーに言われたので
にっこり笑って、思い切り息を吸い込んで
「二度と私の目の前に姿を現すな!」と言ってやったら
ほんとに二度と現れなくなった。という事件もあった。
で、そいつにも卒業後にコクられた。あほだろおまえら。
・・・勿論、モテることを自慢するとかそういう話じゃないですよ。
ぶっちゃけ、迷惑だったし、それでも自慢とか思う奴は
一度、ヤの下っぱ男性に惚れられて、気を引くために
周囲で暴力沙汰まで起こされることを想像してみればよろし。
ただ、芯を通して生きるってのは
ふらふら流されてヤの人たちと付き合っちゃうよーな
人間にしてみたら、魅力的に見えたのだろう。
言っておくけどね、見目良くないですよ。
勿論女子力wとかとも縁のない私です。
首に若干障害があるため四肢のバランス良くないし、
むくんでるし、そもそも太ってるし。
それを補うため、姿勢とかは気を使っているけど
妹がすげー美人なので、常に比較されてきました。
てゆか、自分は醜いし、そこにいるだけで周囲に迷惑かけるので
(私が悪くなかったとしても、協調しないことで事態が悪化してるのも事実だからな)
本当は、あまり目立つことは好みません。
私が選んだ人間以外に好かれるのは迷惑だ。
という気持ちの源も、こういう経験の上にある。
とは言え、生きる上でこの考え方は、あまり賢いとは言えないし、
社会に出てしまえば、ああいう奴らと関わることは
殆どと言って良いほど、皆無なのだ。
だから、社会に出て世の中が「すっげーまとも」であったことに
私は安堵した反面で、あのめんどくさい女子力とか
もっと陰険で陰湿な何かを見たりもしたし、
まあ、色々思うところはあったけど
でも、逆に、良い友人や理解者に恵まれた経験から
世の中そんな奴らばかりじゃない。ってこともきちんと知っていた。
だから、人に関しては(男だとか女だとか、ばくっと全体を語るのではなく)
「人」一人に対して、きちんと向き合って付き合っていけば良いし
一人=弱い立場になった時に、しっかり出来る存在と
しっかり会話が出来れば良いと思っているんだよね
で、それ以外の人とは適当に、深入りもせず
適度な距離で合わせておけばよいと思っていて
でもそれは、相手を馬鹿にしているからとかそういう意味ではなく
お互いの大切なことを(会話などで)共有するってのには
考えの深度が同じか、それ以上に深い人でないと
無理だ、と、思っていたりするからで、
共有するのが無理なら相手の言語に合わせて語るしかない。
(よするに自分の価値観を押し付けるのは宜しくない)
というのが、私の持論だったりする。
勿論、生きにくそうにしているなら
自分の見解は伝えはするけどね
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一部、話が若干それましたが
こういう経歴を改めて思い返すと
私、強いですね。
というか、自分を強く見せる術をきちんと知っていた、というか。
普通の女の子にこれは出来ないと思うわw
で。
私がこういうことを出来た理由は、
「守るものがあった」からなんだよね。
幼い頃は妹や近所の身障者の女の子を、
大きくなってからは友人を。
或いは、自分が貫こうとする気持ちを。
守りたかったから、喧嘩もするようになったし
巻き込むなら一人で居ることを選んだし
自分がやっていることが間違っていると思わなかったから、
誰も助けてくれなくても貫いてきたんだよな
でも。一番大事なのは、
間違っていない。
と、背中を押してくれる声に支えられて
例え一人で居ても、一人じゃない。って知っていたからできた。ってこと。
そのことを感じていたから、この姿勢を保ちつつ、
社会と上手くやっていくには
どうすれば良いか、を、きちんと考えることができたのだ。
で、そういうのって、じーさんばーさんに教えられた
「今食べているものも誰かが作ってくれたことに感謝する」
ってところから始まって
(で、そこで思考を止めることがほとんどなんだが、
それには因果と言うか、続きがきちんと存在していて)
「社会の人に役立つモノを提供することで賃金を得ている」
という仕組みの意味を受け入れるところに至るように思う。
循環を考えて、自分が何のために今これをやっているのか、
というのを全体から考える癖をつけられたんだよね。
目の前のミクロな様々な事象は全部意味がある、
ってことをまず考える癖がついたから
自分がどう感じるか、よりも先に どうしてこうなった。を考え
それに対して自分がどうアプローチをしていくと好転するか
みたいなものを考える方が先になった。
よするに、自分がどうしたいか、ではなくて
自分がこの集団の中でどの立ち位置に居ることで
自分も含めたみんなが幸せになれるか、を考えるのです。
で、自分の感情とかはどうしたいかとかは、最後なんだよね。
でも、結局はその最後の部分で全てを決めはするのだけど
結論(相手も自分も幸せになることが出来るか否か)が
はっきりとわかるまでは、自分の感情は二の次なんだな
だから、向こうに人使いが下手な仕切りたがり屋とか
ノープランで相手のやる気だけに依存するような手抜きマネジメント屋がいると
私はものすっごい損をしてしまうのだ。
そのことに気づくまでの間に意外と、自分が気がつかないところで
ダメージを受けていたりして、自分でびっくりすることもあるんだけど
とは言え、価値がないものに(貴重な時間と労力を)投資をする意味もないので
そういう存在にはなるべく近づかないようにすれば良いって話
社会を、全体を考えて、その中に居る自分というものを意識するのは
色々なことと闘う(或いは協調する)ための力になる、とは思っているので
闘い方(関わり方)を教えてくれた、じーさんばーさんには
とても感謝をしている次第です。
あと、
今、ふつーの女として、我儘言い放題させてくれる
旦那にも、ものすごくものすごく、感謝しています。
やっぱ、社会的な生き物で居続けるとか、無理だし嘘だし、
そんな無理続けてたら世界呪っても仕方ないと思うしw
ただ、私が自分が女であることの幸せってものが存在することを知ったのは
旦那と出会ってはじめてわかったことなので、
そうやって、他人から教えられないとわからなかったような、
(知らないから欲することもなかったという意味で)私が見向きもしなかった、
人として、或いは女としての幸せとか、
その他の色々なことを、大事にしようと色々頑張っているのを見ると、
健全だなぁと思います。
勿論、頑張らずに他人のせいにしたり、言い訳だけしているのは、
不健全で歪んでいて醜いとは思うけどな。
だが、知りもせず言い訳もしなかった私だって、
周囲からどう見えていたかは知らないけど
歪んでいたことには変わりがない。
だから、私は他人が自分をどう判断しようが、
私は「自分は醜い」という認識をしていた。
だからまあ、醜いなりに他人に不快感を与えないよう
色々と気を使っては生きている。そりゃもう社会でやってくからには仕方がない。
で、そういう努力とか気遣いをやめたとき、人は
(悪い意味での)おっさん化・おばちゃん化をするのだと思う。
そすると気をつけないとすぐ老け込むよ!!!みたいな話になる。
気持ちは大事。
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