毎度、どこでこーいうこと学ぶのかはよくわからんが。
身内に保証人詐欺ひっかけられて2千万もの借金を背負わされた父は
脳内出血で倒れたけど一命は取りとめたわけです。
ついで言うと、その後30年生きてて、手術があるときも
神が降りたかと思うぐらいに運良く凄腕のお医者様に見てもらえ。
というか、そもそも詐欺に引っ掛かったお陰で
父から搾取することしか考えていなかった親兄弟と
縁を切ることができたと言っても過言ではないわけ。
それを思うと、その2千万ってお金で父は命を買えたんじゃないか。
というか、騙されたとか思うより2千万で命が買えて良かったね、
って思った方がいっそ精神衛生上良くない?
と、いうのが子どもの頃から母に言い続けたコトバ。
・・・子どもらしくないって言うな。私もそう思ってる。
どこからそんな言葉が出てきたかと言えば、
過ぎたこと(詐欺に遭ったこと)をいつまでもいつまでも
ぎゃーぎゃー言ってもどうにもならないし、言わせておくと
そのうち被害者意識がエスカレートして、血縁である私にまで被害が及ぶから。
勿論、八当たりってのは本人もわかっていたみたいで
八当たらせろって豪語されたんだけど。冗談じゃねーですよもう。
でも、このお金に対する感覚ってのは、誰に教わったわけでなく
なんとなく、思うところがあるわけですよ。
例えば、宝くじを買う人に対しては、
なんであんな「怖いお金」を欲しがるんだろう。
と思っていた。
だって、人々の怨念がこもったお金が当選金なんですよ。
恐ろしいですよ。お金に変なもの絶対たくさんついてますよ。
お金は悪くないけど人の怨念が気持ち悪い。
という風に思っていて、それは今でも変わらんのだけど
・・・ちなみに話はそれるけど、
「そういうお金」を手に入れちゃった場合の対処法は
風水とか気学には、きちんとあるんだよね。
オカルトタグが付きそうな話だけど、
これについては「信じない人は影響を受け難い」らしいので
実は、気にしないのが一番良いことは確か。
ただ、それでもなんかいやーな感じを受けてしまうって人は
そういうお金は形に残るものに変えないで
食事とかお賽銭とか、手元に残らない形で使いましょう
みたいなことは十分に気休めになるし、
それですっきりするならお安いものです。
・・・閑話休題。
で、本題の「お金」と「詐欺」。
よするにね、気持ちの問題、ってのが一番でかいと思うんですよね。
喜んで騙されたらそれは「喜捨」と言って
騙されついでに自分の悪いものも一緒に捨てるよーなことなんじゃないかと
父を見ていたら、そうとしか思えなかったものでした。
何故なら、母は自身の呪いwで発狂しそうだったが、父は
馬鹿なことはしたが、がんばって稼げばいいだけだ、と
(ちょっと病的に、ではあったが)明るく開き直り
騙した張本人の嫁、である実姉のことは、疎遠になりつつも、
慕っていたようなのだ。
その割に、何もかにも奪われちゃったけど。最終的には、
実姉の息子(私の従姉妹だな)を実父(私のじーさん)の養子にして
全遺産持って行ったからね。すげー伯母です。
更には病院潰して雀荘にしちゃったし。
晩年、あまり幸せじゃなかったみたいだけど。
でまあ・・・母が一人で伯母に向かって怨念を発していただけで、
意外と周囲は、過ぎたこと と思っていたのでありました。
で、父は(可哀そうな人生ではあったと思うが、それなりに)
なんか運が良いよなぁ、運命に愛されてるよなぁ
と、思えるところがたくさんあるのだが、母はなんていうか
自分で自分の苦労作って背負い込んでるような感じ、なんだよね。
だから、いつもこう言っていた。
2千万で命が買えたと思えば安いものじゃないか、
もしあの時父が死んでたら、うちらの生活はどうなってたよ?
と。
てゆかもう、父を支えるって決めたんならきちんと支えろよ、と。
とにかく母に、現実をきちんと見つめてもらうことに勤めたわけです。
(私自身、という現実を見てもらうことも含めて、だな。)
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そんな経験から学んだこと・・・かもしれませんけど。
いや、もちろん他にも色々なことがあった上での話なのだけど、
どんなお金の使い方をするときでも
喜捨
というのは、忘れないようにしたいと思う次第です。
勿体ないなぁと思いながらとか、
騙されてるんじゃないかとか思いながら使ったお金は
死に金になる。ので、それならいっそ使わない方が良いし
後から後悔するのもよろしくない。自重の意味も含め。
で、後悔は良くないので、詐欺にあった人に説教垂れる人は
その人のことを思って言っていたとしても、気づかぬうちに
人を不幸にするお誘いをしているようなもの、と考えている。
尤も、根っからのポジティブシンキングの持ち主は
そんな説教にも笑って答えるから問題ないんだけど、
薄幸そうなお年寄りを説教している人なんか見ると、
うわやめろ、過ぎたことをそんな責め方してどうすんだ、と思う。
勿論、二度とだまされんように、とは私も思うし、
払ってしまう前だったらいくらでも止めようとするかもしれないが、
既に「喜捨」してしまったものを、相手もどこのだれかもわからんような話を
"話"だけかいつまんで「被害者」に仕立て上げるような
野暮な真似はしてくれるなよ、と。
が、これもあまり一般人に馴染まない考え方なので多くの場合は
心の中で、うわーうわーと思うことしか出来ないんですけど
(仲良けりゃ話は別だけど)
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では逆に、騙したお金を手に入れた側、はどうなんだろう。
先日、価値のわからないモノを言葉巧みに売りつけ
感謝された、良い商売だ、みたいなことを言う人に遭遇してしまい
ついうっかり、多分、大変苦々しい顔をしてしまったのだが
(そういうのはかおにだしちゃだめだから!!w
悪意と利己的な欲求のみでお金を集める人、ってのは
欲に塗れた世界に堕ちて行くんだろーな、と思います。
喜捨した側にとっては良いお金でも、
悪意で受け取った側にとっては、悪いお金になるんだろな、と。
そういうのを見ちゃった時は、
気分が良い時は、願わくはその人がこれ以上
お金に食われてしまいませんように、と祈り
気分が悪い時は、お願いだから人の迷惑にならんうちに
さっさと餓鬼界にでも行っちゃってください。と思う。
が・・・・欲望渦巻くのがこの世の中であり、
その欲望を無視して生きることは出来ない。
なので、本当は適度な距離を保ちつつ
(悪影響は受けないぐらいの距離感で)
嫌でも何でもお付き合いをしなければいけない相手であるなら
上手にお付き合いするしかないんだよな、とは思っています。
てゆか・・・・本音言うと今すぐ逃げたいんですがw
組織にいるとそうも言ってられないことは多くてですね。
いや、組織にいなくても欲望にまみれた人の全てから逃げるとか無理だし
全員が全員、欲望もなく淡々と生きていたら社会が成り立たんというか
・・・まあ、そんなことはどーでもいいですが
なので、大切にするのは
自分の気持ちひとつで、そのお金は生きも死にもする。
ってことをよく考えて、上手に距離を保つこと。だな。
で、それっていうのは
一緒に仕事をする相手が、勢い余って
私利私欲に走りそうになったら、きちんと考えなおせって言うし
私にゃ手に負えないな。と思うような化け物がいたら
にっこり笑ってやり過ごします。というお話。
あー、めんどくせー・・・
とはいえ、
世の中、金銭感覚のバランスよい人だけ
相手にするってわけにもいかないからね、
被害被りたくないなら頑張るしかないという。
ま、ほんとに私利私欲のためだけにしか稼ぎたくない人なら
私みたいなのは邪魔にされるだけだからいいんだけどね
会社組織にそういうひとばっかだったら、私なんか即死ですからw
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