この件で私が言いたかったこと まとめ

コメント:

※追記

うぉっ びっくりした。

「『偏見にまみれたひどい研究書、更にはその元になるような 一次ソースなんてあるはずがない』という話」???そんなこと誰か言ってたっけ?

↑ここの時点で認識がずれているのか・・・・・そりゃ会話になるはずがないや。

まあいいや、もうこの件については語らないことにしたから。

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また言いがかりをつけられたよ。

「ガメさんを信じない根拠」って書いているのに
「ガメさんを信じる客観的な根拠」って勝手に誤読して、しかも違う場所にこじつけやがって。

やっぱこいつ、自分が言ってる「相手に対する誹謗中傷」こそが
自分が犯している過ちのパターンと全く同じってことに気づいてないな。


大抵、人を悪く言う人っていうのは、そのパターンそのままに相手を悪く言っているもんなんだ。
何故なら、人間は自分が知っていることでしか表現が出来ないからね。

↑これ、他人の振りみて我が振り直す時に大変有効な技なので覚えておくと良いですよ。

「他人の振りみて~」は、某氏曰くの"3大ライフハック"の1つですからね。



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さて。

提示された言葉に感想を述べるだけに終始してましたが、

あなたが証明したいことは(素人の)私にはわからんよ?と書くことでも、

日本人で、戦犯のことを正しく理解している人ってどれぐらいの割合いるのだろう?

と自ブログでつぶやく程度では

「無知な人間」の存在を無視し続けることへの問題定義にならず(ここは仕方がない)
開き直りと受け取られたようなので(悪意を感じるが、悪意を持つ理由もわかった)


・・・まあそうだな、問題定義の仕方が曖昧すぎるし
向こうが正義を振りかざす以上、向こうにとっちゃ自分らが持つ前提だけが真実であるので
(で、それってどうよ?と言い続けているのだが聞き入れてくれていないので)、

そのこと自体を詰るつもりは全くない。

あの人達はそういう価値観の中「だけ」で生きている人であり、
(この件については)私とは違う価値観を持っている、というだけの話だから。

で、私にとっては、そういう人がどういう思考回路でそうなっているのか、
また、どういうことに対して不快感を感じるのかというのが
よく観察出来たので、また一つ貴重な知見を得ることが出来た。


大変有意義でした。というか、ぶっちゃけすっげー有り難い。

実はこれ、仮説検証ってのをやるにあたり、一部の人と
どうしても意思疎通が出来なくて悩んでいたのよね。

#あと、マネジメントが出来ないとても優秀な上司との会話とか。


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しかし若干消化不良気味なのは間違えないので、
私が伝えたかったことを、総括として書いてみる。

それに、ガメさんの件に関する総括も書いたわけだから、
Apemanさんの件に対しても総括を書くのがフェアであろうしな。

#てゆか今読み直したら、そこに私が言いたいことは既に書いてあるのだが。


はい、前置きが長いですね。


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尚、この文は、

http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20100129/p3

2010/01/30 12:00 のApemanさんのコメント

「あーけど、このままほっといたら自分のでたらめすぎる誤解をあちこちで吹聴しかねんな。」

という言葉と、

http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20100129/p4

2010/01/31 11:24 Wallersteinさんのコメント

「結局自分にとって都合のいい「史実」(それが本当にあったかどうかは問わない)に
依拠して、自分に都合の悪い「史実」に関しては「歴史を調べる・知るのが嫌い」として
無視するのを正当化する。」

という言葉に対する(そしてこの件に対する)最後の返答です。


ちなみに結論から言ってしまうと、y_arim氏のブコメ

「歴史学的な検証をへた記述に対する感想と、正確さを欠く記述に対する感想は等価なのか?」

「歴史を学問に属するものと見なすか、物語と扱うかの差に近いな。」

確かにこれに近い。


私が言いたいのは、学問としての歴史の正確さと並行して
人それぞれの物語があったって、別に良いじゃない、ということなんだよな。

勿論物語がこれが真実です、というのは違うよ?

たまにいるけどさ、人それぞれの歴史がある、みたいなこというひと。

でも、そういう人にはおまえが考えているのは思い込みなんだよ!と言うのではなく、
優しく真実を伝えてあげれば良いじゃない、って言っているんだよね。

さよならレーニン を引き合いに出したのはそーいうお話だと思ったからなんだけどさ。


あ、でもガメさんについては違うよ?真実は認識しつつ
偏見にまみれたひどい研究書、の方に憤慨したんだと思っていた。

で、ひどい偏見文を読んで憤慨したっていーじゃねーか、と思っていたのだけど

何故かガメさんが偏見で解釈した歴史を語っている、風なことになっていて

???????

になっていたんだよね。

で、その根拠が「偏見にまみれたひどい研究書、更にはその元になるような
一次ソースなんてあるはずがない」という話になっていた。


私にしてみると、論点が大幅にずれているように思えたのだが
彼らは「あるはずがない」ということの証明こそが
ガメさんが嘘をついている理由、みたいなことになっていった

いや、それはでもまだ?なんだけど・・・・

しかしウヨサヨがどーのこーの言っていたことを考えると、

ガメさんがそういう嘘を言うことで、周囲の人が
なんてひどい。と思うように誘導しようとしていた、

と考えているのかしら?とは思った。

で、そのためにありもしないひどいソース&ひどい研究書を
引き合いに出したと言っているのではないかと。


私は、ガメさんはただ感想を書いていただけで
そういう意図があるとはつゆにも思っていなかったので


だれか、ガメさんが「そういう意図を持っていた」ことを証明してください。


って意味でなんで?と言っていたのだが、
結局真実の証明という話だけで終わってしまった。

感想を書くことの裏に、意図や悪意を読み取れるっていうのが
私には理解ができませんでした。

大事なことなので、大きくしてみた。


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まず前提として、そもそもでApemanさんは戦犯問題については

宣誓供述書に大きく依存した裁判への批判が"反対尋問"に相当するプロセス抜きでなされたのでは意味がない。ろくに実態も調べずに批判したのでは、批判がよって立つ基盤を掘り崩すだけである。

ここが言いたいことであり、他のコメントを補足して考えると、どうやら

「宣誓供述書」についての問題をまず考えろ、っていうのが結論だったらしい。


で、そもそも宣誓供述書って存在すら知らない私にとってはそこはよくわからない。

そこまでに書いているApemanさんの記述はむしろ
ガメさんを信じる根拠を、正当化するものにしか読めなかった。

ごぼうってかいてあったんでしょ?

元捕虜などの宣誓供述書が数多く証拠として採用されたという問題があったんでしょ?

それがわかっているのに、なんでそれでよしとしてあげないんだろう?

と、思っていました。だからなんで?って聞いていた。


よーするに私の「なんで」に真正面から答えてくれるのなら、Apemanさんは

ご自身が問題としている宣誓供述書「の問題」のことを
もっと語ってくれれば良かったんじゃないかなーと思います。

事実の証明とかじゃなくて、語ってくれれば良かったんじゃないかな、と。

#語ってたの読み飛ばしてる?だったらごめん、
#情報量多すぎてどれが問題なのか全然わからない(--;


更に言うと、知識がない私がApemanさんの文章を読むと
ガメさんの言っていることの正しさを補完しているように読めてしまうんだけど、

という私の客観的な意見は一切無視されてしまいました。


これに対し、誤読される文章書いてるじゃん。という子どものような反論はいたしませんが、

無知な人に誤解されていることを指摘されて切れる人。

というのは、自分が知ることは出来ても周囲に伝えることが出来ない人なんだな。

ということと、自分の知識レベルに合致しない人とその事柄について
会話をすることが出来ないんだな、ということがわかりました。


こういうのを私は「人を育てられないタイプの研究者」と考えています。

で、そーいう人は大嫌いで、私は大嫌いな人には
意図する・しないに関わらず失礼を重ねてしまうタイプなので
ごめん本音がにじみ出ている。と言うしかない←これも失礼。


でまあ、興味ないしわからんよ、証明だってできないよ、
と言うことに対してはこっちにかいた


しかし私は証明なんか出来ないよ、と言っているのに
風評を流すと困るとかいう失礼なことを言うのも、大概にして欲しいよな。


これこそが「偏見である」と言っているのだ。


風評を流されたくなかったら、素人でもわかる書き方しやがれ。
尤も、知りもしないことについて語る気なんて毛頭ないけどな。


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どんな問題が起きているのかなんて知らん。

いや、語っていたのかもしれないが、知らないので読み飛ばしていたのかもしれない。


ただ、私は、証拠として採用されたからと言って、
判決として採用されたなんてことは全く考えていません。


裁判ってのは、証拠として出されたものが違うと思えば
その証拠が読まれてるところで「異議あり!」って言って、
意見を言い合うものなんでしょ?

(本物の裁判をみたことないからわからんけど)


ただ、もしかしたらガメさんが読んだ「ひどい英文の研究書」には
異議が認められて出て判決理由とならなかった証拠までも
全部判決に採用された風なことが書いてあったのかもしれないが
ガメさんのブログからはそこまでのことは読み取れない。


ただ、私は牛蒡の件が証拠として採用されたこと自体に憤慨していたのだと思っていたので
それ自体が勘違いだったとすれば、「もっとひどかった」ことになるけど。


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他のコメントに、自分が思っていることを他人の口使って言わせやがって、
というよーなことが書いてあった(でぶPさんのダメンズ話題の時)

今回は、あれと同じ現象であった、と私は受け止めている。

↑ここが総括。



超蛇足。Wallersteinさんの真似っ子をしてみる。


ちなみに、もし私が人に対して歴史に興味を持たせようとするなら

歴史を好きにさせること

しかないと思います。


しかし歴史って、Apemanのように知識もなく語るな、とかヒステリックになる人や
ウヨサヨ?のように、自分が信じたい歴史認識を押し付けてくる人が多くて

本当の本当のソースがどこにあるか、とか探しに行こうとすると
(いや、実際実に様々なソースにあたりに行かなければならず
快不快に関わらず、それら全てを読まなければいけないんだが)

そーいうのばっかりに当たっちゃってすごく辟易してしまうんだよね。

で、あれー?と思って意見を聞きに行くとこの始末でしょ?

好きになれるわけがない。


#あともういっこ、古文と英語が苦手なのも原因ですorz
#本当の意味でのオリジナルソースが読めない・・・

#そうなると、古文や英語の勉強からはじめなければならんという。

#しかしそんなヒマがあったらCSS3とかHTML5とかjqueryとかphpとか
#で、ここ読み進めて行くと英語って課題には絶対ぶつかるんだがそれはともかく

#あと、wordpressのことだとか携帯SEMのことだとか
#起業時に作らなければならない書類のことだとかマーケティングの本だとか

#それが終わっても、禅の本などの「古典」という課題が山積みになっていて、
#ここでは古文と戦わなければいけないんだがさ。

#とにかく、目の前にある読まねばならんものも全然読み込めていないってのに(ぉぃ
#興味ないことにまで本格的に手なんて伸ばせるか。orz


ちなみに経済についても、昔はそれに近い意見を持っていたが
こっちは、とても真っ当な人に出会えたので意識を変えることが出来た。

いつか、歴史についてもそーいう人に出会う日が来るのだろうか?


しかし今回、ガメさんのお影で日本で語られる日本史ではなくて、
世界から見た日本っていうのには大変興味を持った。


私に経済のことを教えてくれた人が、

おまえは絶対に外国に行くべきだ。

と何度も何度も何度も何度も何度も言っていたので、

#その時は全然意味がわからなかった、というか
#そもそも金がない、国内にだって行きたいところ全部に行けてないのに
#とかぐだぐだ思っていましたが、

きっと、外国に行ったら、もっと色々日本について
色々と考えることができるようになるんじゃないかなー、

と思えるようになりました。


私は、日本の良さに対し、いまいち自信が持てていなかったが、

ガメさんが語った、狭いところに様々な文化が溢れていることへの魅力や

モニさんの、滅んでいない文明が、生活の中にあふれているのが魅力

という演説(これ読んだときは本当に泣いた)


そーいうのを聞けて、本当に本当によかったと思っています。

いなくなっちゃったけど、ありがとね。

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このブログ記事について

このページは、qufeiが2010年1月31日 11:30に書いたブログ記事です。

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