誰のための仕事か、とか。

コメント:

最近読んだ記事に

"誰"のための仕事なのか? リストラで"人"が失うもの:日経ビジネスオンライン

というものがある。

他にもこれとかこれとかの記事を読んでいて、とにかく
なんじゃこりゃ。と思うばかりである。

どうしてこうなったのかが、全くもってわからないのだが
不合理すぎて意味がわかりません。

生産性が落ちるよーなことを一生懸命保持して誰が幸せになるの?


今はプライベートモードになっちゃってるけど、
ガメさんのブログを読んだり、他の色々な裏話を聞いていると

近く訪れるであろう、資源が枯渇した際に沙汰される民族として
日本が標的にされているんじゃないかとか思ってしまいますw


だって簡単だからな、日本人を沙汰するのなんて。
それでいて、お金があって資源を集める力があるのなら
そりゃ真っ先に狙われよう。という気もしなくも無い。


#加えて旦那曰く、軍事的な意味での技術力が世界にとっては脅威なんだそーだが。


でまあ、そういう外敵が本当にいるかどうかは別問題として、


いずれにせよ日本は今のままでは衰退する。

資源が云々とか自給率がどうのとかいう話ではなく、
生産性とか向上の意欲とかそういうものが削がれるような
社会のありように大問題がある、という話で。


そう考えたとき、ではどういう方向に向かえば良いか。と言ったら
決して「出来る人だけが頑張ることで成り立つ」ような世界ではなく

どんな人でも社会に参加をすることが容易であり
それでいて、遣り甲斐のランクが分かれている世界である方が
間違えなく建設的であろう、と考えている。


実際、選択の自由がものすごくあるにも関わらず、
あたかも選択肢が少ないように感じるこのご時世。

なんですかこれは。

成功の条件みたいに言われていることの定義が
あまりにも少なすぎるし、貧相すぎるし、非生産的だし

あまりにも、視野が狭すぎるというか、目先ばっかりで
全体のことを全然考えてなさすぎて頭が痛いというか。


そもそも、日本の技術力とか優しさとかの良い点を生かせれば
地球上で養える人の数が増えるかもしれないのに。とかね。

まあ、それはそれで都合が悪い人がいるのかもしれませんけど

そんな利己的な目論見は無視して、そーいう方向に
お金や人の流れを持っていくことが出来たら良いんじゃないか。

とか、途方もなくでかいことを妄想する日々であります。


ま、妄想するだけならタダなんで。


-----

しかし人間てのは本当に頭悪いと思うんだが

どうして、自分らの住む星を不毛の地にするよーな兵器で脅しあったり
自分らを潤す存在である消費者から搾取しようとか考えられるんだろうね。

みんなが働かなくなってても、医療は受けられると思っているみたいだし
勉強さえ出来ればご飯食べさせてもらえると思っているみたいだし。

そもそも、仕事だって、どうせ誰かに与えられるものだと思っているんだろう。


殺せば殺されるわけだし、奪い合うより共存共栄を考える方が
圧倒的に生産性が上がるはずなんだがな。

堪え性がなさすぎるのか、やっぱ単純に利己的なだけなのか。


利己的なヤツが争いあったって、最後には勝者が孤立しておしまい。なんだけどな。


まあ・・・人から考える力を奪うってのは、破壊力あるよな。

コメントする

このブログ記事について

このページは、qufeiが2010年1月24日 00:15に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「自分メモ」です。

次のブログ記事は「命のある絵」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。