彼女は、花弁や雄しべ・雌しべがどのようにその花を構成しているのか
一つ一つを注意深く観察し、表現することを熱心に語った。
私は、光がどのようにしてその花を浮き上がらせ
私の脳に見せているのかを注意深く観察し、表現しようとし、
そしていずれは他の脳がその花を
同じように見ているかどうかはそもそも疑わしい
という事実に気がつくわけであるが、
「それでもその花がそこにある」
それだけは紛れもない真実である、という解釈に落ち着いた。
故に、私は「命」を描き留めているのだと思った。
(絵、に限らんな。写真でも、そう。 文字だけは違うけど。)
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多分、「絵を描く」ということについて言うなら
彼女の観察方法が、圧倒的に正しい。
故に、私は彼女の視線に憧れ、
そして私がそこに辿り着けないことに対し
自分が片端であることを、強く強く痛感していた。
#また、当時の私は「生と死」にこだわり過ぎていることも自覚していた。
私は、感じることは出来るが、観察することが出来なかった。
単純に、「観察してスケッチを取る」ことに
疲れてしまうというだけなんだが
その疲れ方が尋常ではなく、故に「片端である」という
劣等感のようなものばかりが募っていった。
#しかしその理由は簡単で、首の障害が全てを邪魔していただけなんだがな。
#「観察しながらスケッチを取る」その姿勢が
#首への負担になった。ただそれだけのことだったのだが
#当時の私は、それを認めたくは無かったのだ。
努力をしなかったわけではない。
形を理解するために、辛くはあっても
私は観察をし、写真をとり、解剖図鑑などの資料を集め
描いた のだが、
そもそも細部の構造に興味がないので
見ているようで、結局私は細部を見ていない。
結果、「粘土でモデリングをすること」は上手になったのだが
「細部に興味をもつ」ところには、どうしても至ることが出来なかった。
そもそもで私は「見る」力よりも圧倒的に
「感じる」力の方が強く、逆に、見た目に対する意識は大変低かった。
結果として私は「光」を表現することばかりに徹することになる。
形を見ずに、ただ光を表現する。
光が織りなし形を作る過程を描くことが
私にとっての「絵を描くこと」であった。
こだわり続けた甲斐もあり、色を使って描いたものについては
先生にも高く評価されるようになっていったのだが
褒め言葉と並列して、常に「デッサンが壊滅的」だと称される。
美大の大学受験は、一次試験はデッサンなので
ここがダメということは、進学は無理って話なのだ。
かなりへこみはしたのだが、それでも
下手でも良いから描け、自分の美学を貫け、と、
周囲は色々手を焼いてくれた。
出版社の人にもとても気にかけてくれる人がいたのだが、
出版社の講師からは「自分の絵を描け」と言われた。
私は、悩んだ。
「自分の絵」って何だ?
自己主張の塊のようなヤツであるにも関わらずw
私には、主張したいことが何もなかった。
否、無かったわけではない。
あることはあるのだけど、それの正体はとても漠然としていて
とても、形にすることが出来なかったのだ。
でまあ、そんなこんなで悶々としている最中に、
また別の講師に「本当にその絵は自分で描いたのか?」と
言われたことを機に、私は絵を描くことを辞めてしまった。
考えるのが馬鹿らしくなってしまったのだ。
最期まで私は「自分の絵」を描くことに
モチベーションを感じることが出来なかった
自己主張をするよりも、自分の魂を込めることなんかよりも、
絵を描いて、他人に喜んでもらえることが何よりも、嬉しい。
だから私は、誰かが作りたいイメージを
その人の代わりに作る仕事を選ぶことにした。
企画制作、それと運用フローまで全部作り
結果(売上)につなげること。
それが当時の私には、天職のように思えた。
勿論、日本において仕事ってのは
それだけじゃ成り立たないのはわかっているけどね。
話を膨らませてしまうとずれるので、この話題はここまでにする。
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で。話を、過去に戻す。
私が、初めて会社に就職した頃のことだ。
その頃に一度、彼女とは、決定的に決裂をした。
#なぜ「一度」かと言うと、その8年後ぐらいに
#再会するからなんだが、その話はまたあとで。
彼女は絵が上手く、また同人業界ではそこそこ人気があり
先々は、漫画で生計を立てることを本気で考えていた。
故に、彼女はセオリー通り、出版社に持ち込みをした。
しかし、そこで彼女が突きつけられた現実は
彼女のプライドを打ち砕くのに十分だった。
出版社から言われたことはただ一つ、
「掲載してもらいたければ人気作家の真似をしろ」
という要求であった、ということだ。
彼女は、漫画家になるためにその出版社の言いなりになるか
己を貫くかで揺れていた。
勿論心の中では、彼女は折れるつもりなんか全然無かったのだが。
そうやって、日本の社会の嫌なところにぶち当たった時
彼女は怒ることにも疲れ、抜け殻みたいになってしまった。
そして、何故か彼女は私の家に転がり込んできた。
何故かも何も、逃げ込まれただけなんだが
しかし、私には何もできない。
世の中をたった1度のチャレンジで決めつけてしまうなよ、
他の出版社にも当たってみなよ、と言ったのだが
彼女はそこから先に、踏み出そうとしなかった。
踏み出せなかった。くじけてしまったのだ。
その後、お母さんが入院してしまったので
幼い妹や弟の面倒を見なければならず彼女は帰宅した。
寒い冬であったので、私は、彼女の家族のために
1人1つずつのマフラーを持たせた。
その数ヶ月後に、私はデザイン会社に入社し、
社内で上司の横で一生懸命デザインについて考えていたところ
先輩に呼び出されて「お前が努力をするとこちらまで努力を
しなければいけなくなるからやめろ」と言われた。
私はそこで仕事を続けることが出来なくなり、1ヶ月もせずに辞めたが、
私は、そんなことが当たり前であるとは欠片も思っていなかったので、
ハズレくじを引いただけ、ぐらいにしか思っていなかった。
故に、笑い話のように、会社を辞めた理由を彼女に話したんだ。
そしたらだね。
彼女は突然、私にものすごい怒りをぶつけてきたのだ。
彼女の絶望を、全部私にぶつけてきた。ものすごく怒っていた。
私は、その言葉を全部聞いて、聞き終えてから
全てがそうであると思うのは間違えている。とだけ言った。
私は、そんな風には思わないよ。
自分を磨き、向上することで得られる場所はあるはずだよ、と。
もしかしたらそれは自分で作る道かもしれない。
でも、それを作るのを諦める理由はないだろうと。
まあ、そんだけじゃなくて、他にも色々話をしたのだけど、
私が(彼女が、私はきっとわかってないと思っていた)なにかを
わかっていて、わかった上で受け止めている、ってことに
彼女は、ひどくショックを受けていた。
彼女は、そのまま何も言わずに(怒りを叩きつけるように)電話を切った。
その後は、私も彼女も、互いに電話をかけることはなかった。
後日、一度だけ彼女に会う機会があったが、
私のことを、心から憎むように睨みつけているだけだった。
その際、彼女の先輩が私を心配して声をかけてくれた。
あの電話をした日、彼女は電話を切った後
その先輩に電話をしたのだそうだ。
何を言っていた?と訪ねてみた。
何かを言おうとしても全て自己嫌悪になってしまうみたいで
泣いてました。と、教えてくれた。
そーか、じゃーよかった。
と、私は言った。
先輩は、驚いた顔をして、優しいんですね。と言った。
私は、どういう顔をして良いか困ったまま、微笑んだ。
優しい、じゃねーだろ。残酷って言うんだろこーいうのはさ。
と、思いながら。
世の中がこんなでも、手を取り合おう、互いだけでも守り合おう、
小さな世界で、何も知らない振りをして一緒に眠っていよう、と言って
彼女が作った小さな世界を、私は壊してしまったのだから。
でも、私のことを憎んでくれた。っていうのは、
私にとっても、救いのように感じたのだよ。
思い切り踏み台にしてくれるなら、それに越したことはないけど
まあ、そこまでは望めないだにしてもさ。
死んでるよりは、良いだろ。
自分の絵で勝負をしたかった彼女は「真似をしろ」と言われ
こだわりを持つことが出来なかった私は「自分の絵を描け」と言われる。
皮肉であり、故に引かれ反発しあった仲であったのだろうと思います。
8年後。結婚をした後のことであるが。
彼女は、私のwebサイトを見つけて声をかけてきた。
表情がある絵を描けるようになったんだね。と、言われました。
その絵は、怒っている少女。でありました。
今、私はディレクターを本職としていますが
それでもたまに、デザインもやってます。コーディングとかもな。遅いけど。
たまにイラストも描く。
そのうちもっと、描くこととは向きあわねばならんだろうと思っている。
というか、向きあうべくこのブログを書いているのだと思っている。
ちなみに彼女は3人の子を持ちながら
今でも色々な形でイラストを描いています。
描くこと自体が楽しそうです。羨ましい限り。
私は、絵に描いて切り取る行為ってのは
(自分の)魂を、自分の幸せを切り取る行為だと思っていた。
だから、私にとって絵を描く ってことは
自分が、あなたを思う気持ちを
さくっと 切り取り そして1枚の紙に封じ込め
それを、見世物にする。ってことであって
大切なものを消費してまで
自分の幸せの源を消費してまで
絵を描かなければいけない意味ってなんだ。
って、思って、泣いて 泣いて 泣いて
絵を描くことが、辛くて仕方が無かった。
というのも、ひとつの側面。
消費、したくなかったんだ。
売れるよ、なんて、言って欲しくなかった。
私が大切に、絵に閉じ込めた魂は
大切な 大切な あなたを思う気持ち
それを お金になんか、かえたくなかった。
私が、人にも絵にも向き合えなかった理由。
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