日本における匿名性のいーかげんさ

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ガメさんが帰ってきた。

数日前に来たメールというのは、ガメさんによる
悪戯のつもりが不愉快な思いをさせて悪かったという内容のメールだった。


いや私は、なんで私とあの人が感じ方が違うのか知りたかっただけだし、
そのことについては、明確な解答を得ることが出来たので、
とても実りある炎上wだったし、むしろダシにしてしまい申し訳なかった。

と、謝ったんだが、そしたらなんか、へんなやつ呼ばわりされたけどw


しかし、匿名性が面白いから始めたあのブログであるだとか、
悪戯ってどういうことだろ?と思っていたのだが、

今日の記事を読んでやっと意味がわかった。


正確に言うと、今日の記事に加えて、復帰初日の記事についていた
匿名の方々によるブコメの内容と、過去からたまに話題に上がっていた
日本における匿名性のごつごーしゅぎって話が自分の中でやっと合致したというべきか。


いや、しかしほんとにガメさんのブログは私にとっては大変勉強になります。

私が普段、完全に意識の外に切り捨ててしまっている何かを
しっかりと現実のものとして認識するのに必要な、言葉や概念がたくさん詰まっている。


中にいて、中の人の言葉を聞いても(自分も当事者だからとか色々あるのだろうが)
色々な立場を想定してしまうから、自分の本音がどういう類のものか、
よくわからなくなっちゃうんだよな。で、思考からばっさり排除しているというw

ガメさんの言葉を読むと、なるほどそーかんがえればいいのか!と
目から鱗なのであります。新たな発見がたくさんあって、大変楽しい。


かくして、あの記事を読んだ後、ブコメにある匿名性が
いかにいい加減であるかをやっと実感出来たわけですが。

匿名でもそれなりに真正面向かっている人が多いので
今までは、匿名故にいい加減なことを言っている人なんて
目に入ってなかった=いい加減さすら感じていませんでした。

いや、今更だけど、ひどいもんですねw


しかし思った。

だったら私は「実名での現実」の方が余程、
ゲーム的で、いい加減で、実験的で、曖昧で、

故に、楽ちんで、面白い人生を送っているかもしれません。

うはw


まあ、ネットで仕事しているからね、ネットで発信する情報には
人一倍、気を使っているってのはあるよ。例え匿名であっても。


こと「ブログ」は、かなり真面目に、本音だけで書いている。
というか、自分に正直になりたくて書いている場所だから嘘を書く理由がない。

むしろ、自分の嘘偽りのない本音を形にすることが目的だから、
言葉の選び方も、表現も、ごっつ気を使っている。

なるべく、自分の思いを、飾らずに、そのままに表現出来るように。


ぶっちゃけ、その場の雰囲気に合わせて言葉を発している分、現実の方がはるかに楽であるw
自分に嘘をつかないことの方が、余程難しい。ってのも歪んでいるとは思うけど。


とは言えまあ、そう言い切れるのも、このブログが
誰かに読んで貰うために書いているブログじゃないからなんだけどさ。


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現実では、仕事以外については大変いい加減だな~

まあ、たまにネットでも色々めんどくさくなって
悪者でいいっすよ放っておいて。と思うこともあるが、


#しかし「なんで粘着すんねや?(げんなり」とか書いている時は
#本気で疑問だったり、或いは挑発しているだけであって、

#本当に黙らせたかったら私は絡みませんよ?w

#私の疑問符は裏表なく、本気で疑問符であり、疑問に思えばそれを書く。

#構うな、と思う時は、相手が追って来ることがないように
#きちんと色々と対処はいたしますよ、普通に。


・・・あるが。

リアルではもっとひどいです。

どこがどうひどいかとかは面倒なので書きませんが、

そんなのだから喧嘩になるんだろうが、だとか
お前口だけで生きてきたろ、お前みたいなヤツは嫌いだよ。

と、初対面の人にリアルで面と向かって突っ込まれるぐらいにはひどいです(苦笑


反面で、お前めっさ面白い!!と言ってくれる人もいるのだけど
残念ながら、そういう人とは「仲間」には、なれんのだな。


根っこが不器用なので、自分の立場とか意志とかがしがらみになって
責任とか背負わされるのがめんどくさくてw


故に、一部の愛すべき人に対してを除いて、常に私は「裏切り者」を演じている。


裏切り者というか、あなたのことは理解しますが、
あなたの味方にはなりません。私は自分のためにしか生きません。

他人にかまけてる余裕なんてねーですよ。という態度を常に貫いている。

そんなに拒絶しなくても良かろうに。と言われるぐらいにね。


それはひとえに人間として余裕がないからでしかないのだけど、
余裕がないのに余裕があるふりをしても潰れるだけですしねぇ

ブログでだったら、たまにへこたれても書くの辞めれば良いだけだし
#てゆかそもそもこんな独り言ブログ誰も読んじゃいねーし

現実では、潰れちゃったらマジで野垂れ死にますからな。


その代わり、引き受けた仕事は完璧にこなしますよ。
それだけで生きてきたからね、それは当たり前。

また、一度断ったことでも、一度でも頼まれたことは
いつまでもいつまでも、頭の片隅に置いておく。

そして、いつか別の人から、別の形ででも依頼をされたときに
引き受ける準備ができていたら、その時は、引き受ける。


それが、私の生き方やんね。


よーするに、真面目すぎるんです。

真正面でしか付き合えない私がそういうのを食らってしまうと
食中毒を起こすのが、原因であることはわかっている。

しかし例えば派遣だったり、業務委託だったりとかで関わることが多いから
立場的にも、その程度にしておいた方がお互いのためだろう、と思っている、というか

まあ、社員であった時であっても、私には責任が取り切れない。って現実と
それほど真剣に向き合う気にはなれなかったんだよな。


本質的に、私は用心棒にはなりえるかもしれないけど、
家族にはなりえない、根無し草だったのです。

だから旦那を家族として愛するとか守るっていう覚悟を決めた時には
そりゃもー、かなりな意識改革と、色々な下準備が必要でしたし

結婚してからも、何度も意識を改めねばならんと反省を重ねたものだ(ぉぃぉぃ

私は、何度か自分の信じる道のために旦那を捨てるという
人でなしなことをやろうとしたからな。

てゆかまあ、ここで旦那捨てたら本気でひとでなしだよな。
と思って、その都度考えを改めましたけれど。
↑反省、してる・・・?w


そして、現実が(上手に生き抜くために)自分の本音なんざ
後回しにして生きていなければならないからこそ、

匿名でやるブログぐらいは真面目に本気で、本音で書いているわけだが


むしろ、普通の人は、逆なのですなw


ははーん、そういうことか。と思ったら、
そのブログを書く意味も、悪戯という単語も
とてもとても、愛しいものであるように思えたよ。

それは、素敵な遊び方だw

日本の閉塞感あるネット社会においては
大変珍しく、また大変勇気のある遊び方であるなw


そーか、匿名性ってのはそんなにぐだぐだでひどいものであるのか。

だったらいっそ私ははてダを実名で再開して、集客ブログでもやろうかしらw

なんてことを思いました。


めんどくさいからやらないけど。

#てゆかもし本当にやるなら綿密に計画を立てて
#きちんとした内容のブログをやりますけどね。
#計画立てて運用するのが、今はまだめんどくさいw



私は信念に生きる人なので、

どんなに愛されようと、どんなに自分が相手を大事だと思おうと
同じ信念を持って生きる人以外とは、同じ時間を共有出来ない。

そういう生き方を、理解してもらおうなんて思わないし
信念が一緒なら、どんなにうざがられようと一緒に生きようとする。



と、思う。


てゆか、今まではそんな感じで生きてきて、
今もそれに近い形を成そうとしているようなので。

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このブログ記事について

このページは、qufeiが2010年3月 1日 13:46に書いたブログ記事です。

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