ある知人、親友の友達ぐらいの仲の人(男)の、ほんとにあった怖い話。
ある場所に行った。興味本位で。3人で行った。
その後、彼以外の2人が変死した。それが偶然だったのかどうか。
そういう経験があったから作ったという作品を見せてもらった。
楽しそうで、緻密で、
彼の作品は明るくて優しくて、とても好きだった。
特に好きだったのは、錆びたロボットと小鳥の絵。
柔らかな笑いの中に、そんな体験があったことにちょっと驚いた。
そしてそれを、ある友人(ゲイ)に話をする機会があった。
怖かったろうね。
うん、と頷いた。だって、お友達が死んじゃうんだもん。それは、怖い。
自分も死ぬかもとか、考えたろうね。
えっ。
そっか、そうだよな。そう考えるよな。
私には、そーいう感覚が、全然わからなかった。
だって私だったら、
連れて行って、置いていかないでって言ったかも。
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私が一番、男の人と違うなー、と思うのは、この感覚。
女の人のそーいう話はあまり聞いたことがなくて、
死ぬとかわかってない人とか、大切なものを守るためには
自分の命捨てかねなそうな危うい人とか、そういうのは知ってたけど
自分が死んじゃうかもしれなくて、怖い。って思うのは
そりゃ勿論、そういう場に立てば怖いは怖いのだが
ふと気を緩めると、電車に突込みそうな感覚を理性で一生懸命止めることの方が
圧倒的に長かった私としては、そういう概念は「学習」して知ったわけだ。
ああ、そーだよな。うん、言われてみりゃそうだ。と。
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私はなんてゆーか、もう何百年も前からずーっとつづいている命の
途中にいるような感覚でいて、あまり「今」に執着はないのだけど
小さい頃に、私を置いて死んで良くいろいろな生命が恋しくてたまらなくて
今が辛いとかそーいう感覚じゃなくてね。
私は、死をちょっと愛しすぎていたと思うし
そういうところに逃げ込んでいたとは思うけど、
私の手は、殺すことも生かすことも出来る手だ。
だったら、生かしたい。
そういう風に思うようになったのは一体いつからだろう?
幼い頃は、これじゃダメだと壊すことばかり必死になっていたのに。
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じーさんの病室で。
世界の権威とか持った人の奥さんが遺産のことばっか話してて
仙人と呼ばれたじーさんが、最後の最後一喝して。
でも知ってるんだ、あの時が初めてなんかじゃなく
私はもっともっと昔にこのじーさんに一喝されたことがある。
行儀が悪いことを怒られた。
その後は拗ねて、夕飯までずっと隠れていたが、
あの時、じーさんに怒られたことは、今の私の宝物。
そのじーさんの病室で。
私はずっと、本を読んでいた。
話すと疲れてしまうだろうから、電気をつけると疲れてしまうだろうから
窓の光で、本を読んでいた。
見舞いに来たじーさんの「戦友」が、私の頭を撫でてくれた。
この子がいるから大丈夫だな。って。
なんだろな。
ただ、
私にできることはこーいうことだ。と思ったことは確かだな。
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旦那には1分1秒でも私より長く生きてくれと言っている。
だって、先に死なれたらなんか、探すの大変そうだし。
と、結婚当初からずっと言ってて、今までなんも答えなかったが
先日、ずっと動かないで待ってるから。って言われちゃったよ。
なんだ、あなたも置いていかれるのは怖いんかw
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