「外からはどう見えているのか」を考える

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自分ながら嫌な奴だな、と思いつつ、私視点の本音で書きますけど。


幼い頃、私の周囲には、お金をたくさん持ちながら、
更には社会的地位を持っていながら
お金にものすごくがめつい人が、たくさんいたわけです。

と、いうか、身内だな。

特に一番汚かったのは、一番社会的地位がある人の嫁だった。

旦那である私の伯父は、某大学で最年少で教授になり
その娘である従兄弟たちは、幼い頃から姉妹3人を勉強の出来で優劣をつけられ
家の中で母親に、差別をされていた。とても、可哀想だと思った。

彼女の金に対する汚さっぷりは、書くのも嫌なので書かないが
とにかく私は、彼女がうちのじーさんの遺産を目当てに
様々な策を打ち、最終的に(仙人のようだと言われた)じーさんに
死ぬ間際に怒られたことを、本当に残念に思い、同時に

彼女が狙っていたじーさんの遺産の不動産(てゆか民家)の1つを
(じーさんの面倒を見ていた)うちの母が受け取った時、

私は、その民家のお隣の、風呂なしアパートに住んでいて
お風呂を借りに行く立場にいたので

こいつらに何言われるかわからねー。

という思いと、諸々表現しようのない絶望感と哀しさと

とにかくこいつらの近くに居たくない、一瞬たりとも関わりあいたくない。

という心の底からの本音により、1年ばかりではあるが
350kmほど離れた土地にマジ逃げしたりした


私がその民家に住まわずに、隣にある風呂なしの
築45年、大家の猫が勝手に出入するような素敵なアパートを
なんでわざわざ借りていたかと言うと

単純に言えば「アレルギー」が原因なんだが

私は当時、もう身内と一瞬たりとも生活を共にすることが
出来ないほどに、身内の人々の全てに疲れ果てていて

とにかく少しでも良いから離れて暮らしていたかった。

でも、「私は」お金がないから風呂なしアパートを借りて
わざわざ銭湯に行ったり、マジでお金が無いときは
その民家の風呂を借りたいしていたわけです。


「親族は、無類の金持ちだというのに。」


幼い頃から、なに不自由なく育ったと思う。

親族が輪をかけて金持ちだったから(てゆかマジセレブだし)
別に特別な贅沢をしていたつもりはなかったが

パーティに行くのとかは普通だったし
毎年行っていた旅館は振り返ると高級旅館だったし
親が忙しくなればお手伝いさんが家に来てた

そもそも2千万の借金の保証人になれたわけだしね。

でも母はいつでも財産を奪った身内を恨み、
彼らの生活の羽振りの良さを悪く言い
金がない金がない、と言っていたわけです

借金返していたからだと思うけど
それでも十分以上に贅沢をしていた気がします。


で、母が金がない、という理由は
じーさんが大金持ちであったから。


但し別に、資産家とかそーいうんじゃなくて
戦後すぐは畳3畳に4人暮らしとかしながら
大学に通い、歯医者になり、こつこつ働き続け、

それを支えていたばーちゃんが、早くに帰らぬ人となり

それでもこつこつと働き続けた結果、お金持ちになっただけ。


私たちが居なければ、患者さんから貰う
お菓子と牛乳だけで生活するような人でした

だから、必然的にお金が貯まっていったのね



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ぶっちゃけると、じーさんからは、たくさんのものをもらった

お金だけではなく、精神的にもとても大切なものをたくさんもらった

モノだけの話をするならば、卒業の祝いにと
車を買ってもらったことがあるのだが

その際にね、身内に、すごい妬まれたりしたわけです


身内たちは賢いので、じーさんにぺったりくっついて、
様々なもの、それこそ10万もするような服を買ってもらったり、
短期留学のお金を全額じーさんに出してもらったりとかしていたくせに

あいつばかりずるい、とか、そーいうことを言われたわけ。

確かに車の単価は大きいかもしれないけど、
お前ら私にそんなこと言える立場かよ?と思った


と、いうか、私は彼らがじーさんに様々なものを貰っているのを見て
じーさんも幸せそうで、彼らも幸せそうで、そういうのは良いな、
素直に嬉しいと思えるのって羨ましいな、と思って見ていたから


「妬む」


という感情を抱かれることにすっごい驚いたと同時に

なんてゆかね、悲しくなったし、

相手が何かをもらって喜んでいるのを見て喜ぶとかいう感情を抱くのは
この親族のうちでは私だけなんだ、ってことを、その時初めて知った。


疎外感と、絶望感。


じーさんが、周囲の人を喜ばせようと色々お金を使っているのを、
その時まで私は、すごく牧歌的な気持ちで見ていたが

その数年後、病床に就くじーさんの横で
遺産について騒ぎ立て、怒鳴られる人まで出てくるわけです


私が見ていた世界は、一体何だったんだ、という絶望


そして、私が描く「絵」が、とても美しいと言われる理由も
知らない人から謂れなき憎しみを、突然叩きつけられる理由も

なんとなく、わかったような気がしたわけです。


私は、幼い頃からずっとそうだった。

金に汚い身内を幼い頃から心底毛嫌いしていて
じーさんが、私にお小遣いをくれようとしても
私は、受け取りを拒否したりしていたんだ

でも、じーさんに、受け取ることもじーさん孝行だから、と
たしなめられて、しぶしぶ受け取ることを許容して

「お守りだと思ってこれを常に持っていなさい、
これだけあれば、日本のどこにいてもここに帰ってこれる」と
お金を渡されたこともあった


私にとってのお金に対する感覚はそんなもんで、
他人がお金をどう思っているかとか、考えたこともなく


「妬む」ものなんだ、ということに

絶望的な疎外感を覚えた、というか

うん、まあ、とにかく私は綺麗過ぎたんだろうさ。

そしてそれを、周囲は「恵まれているからだ」と判断したんだろうさ。


だとしたら、私がそんな牧歌的でいれば
周囲は私を妬むよね。

マリー・アントワネットを見るような思いで私を見ていたことだろう。

そんな身内の横で、風呂なしアパートを借りる私の絶望なんて
誰にも理解されるわけがなかったわけです。



「外から私はどう見えているのか」


そのことに、ほんのちょっと触れた時

私はすごく皮肉的に自分の存在を考えた

ほんとうは、もっともっと早い段階で、


ばーさんが

私の唯一の味方だったばーさんが死んだ時

何度も何度も、後を追おうとして行けなくて

なんで連れていってくれないの、とひとり泣き続けて


その時に、もう「空気」では感じていたんだ
私が私のままで生きれる場所なんて、この世に無いんだってことを


少なくとも、小学校に上がるより前の、誰かの扶養下で生きるしかない私は

その絶望の中で、生きなければいけないことを
肌で、ものすごくものすごく、強く感じていて


私がいることで、周囲が不快に思うなら
生きている価値なんて在るのだろうか?


と、ずっと、思っていた。


(それでも、言葉を話せない友人たちの役に立てたりして
ちょっとでも、誰かのためになれるのならと思ったりもした)


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車を貰った理由は色々あるが、当時私は
車がないとどこにもいけないような山に住んでいて
働きに行くにしても、どこに行くにしても必要なもので

勿論、じーさんがくれなければ、中古車をローン組んで買う予定で
色々物色もしていたりしたのだが

その車は1500ccなのにリッター24kmという高パフォーマンスを出す車で
ガソリン代がかからずに遠くまで行けたので、本当に助かりました


私は、今の仕事に就く前、じーさんの生まれ故郷である北海道に
その車1台で、5日間の旅をすることを決意した

実際には、日程の都合で就職してしまってから行くことになってしまったが
以前から決めていたことなのでと無理を言い、休みをもらった


深夜に仕事を終え、風呂がない、神奈川のボロアパートから新潟に向かい出発する

そこからはフェリー。宿泊は、フェリー乗船中も含めて、全部車の中。


室内にいるとアレルギーが出て眠れなかったので
その旅行に行くより前から、私は車で寝泊まりをすることが多かった

安ホテルでアレルギーが出る可能性を考えたら
車で寝泊りをする方が、私にとっては良かったのです


ネットの友達が北海道で開催されるバーテンダーのコンペに
出場することになっており、OFF会を絡めての旅行で
道中はずっと、誰かしらの連れがいたが

そういった、大義名分でもなければこんな贅沢は決意出来ず
最後に行けて、本当によかったと思う


この仕事に就いたら、そんな暇はなくなると知っていたから


その旅行を最後に、じーさんの形見の車を手放した
たった2年で100万キロ以上走り、19万という査定だった

知り合いのよしみで、高値をつけてそれぐらい


じーさんから貰ったバランタイン30年とかも
飲んでなんぼの価値だよな、と思ってある時全て飲んでしまった


さっさと、そういうものとは手を切りたかった、のも本音。

と、言うと、天国にいるじーさんがきっと嘆くだろうが。




じーさんが死んでから

私は、こんな汚い人たちの中でどうやっていきていけばいいんだろう?

と、

絶望してたどり着いた350km先で


仕事なんて「やれば出来る」のに、全然金を稼ごうという気になれなかった私は

ネットで2人の医師と知り合い、

そして、お金の大切さを別の形で教えてもらった。



それが、なんでもいいから目標を持つ って記事。

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このブログ記事について

このページは、qufeiが2010年4月29日 13:57に書いたブログ記事です。

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