親に兄弟間差別を受けながらも、親の言うとおりに
医者の道を選んだ従兄弟たちは、立派なセレブになっていた。
と、いうことは、妹の結婚式で知ることになったんだが、
それを見て、うわ結婚式すんの嫌だな、と思った。
ただでさえ旦那の両親に、医者の娘ってことでドン引きされたのに
この人達来たら緊張させてしまい楽しくなくなるんじゃないかと思った。
が、その一方で、この人達が私の結婚式に来るわけねーな、とも思った。
父親の血を引く云々で、すげー陰口叩かれてるらしいからな。
この人達は集まると、すぐに誰が誰に似ていてやっぱり身内だよね、
てことをすぐに始めるのだが、私はどうやらそこに含めたくない忌むべき人らしい。
くそくだんねー、と思いつつ、この人達がしがみつくものの
余りに空虚さに、哀れみすら感じる。
幼い頃は、大変可愛がってもらったが、
この人達とはどうしても、仲良くなれる気がしない。色々な意味で。
そんな大人たちを尻目に。
今度は社会の奴隷として、昼も夜もなく働いていた。
その顔はとても美しく、そして輝いていた。
親がどうであれ、子どもたちは美しく育ったよな。と、思う。
しかし私は、幼い頃からこんな人間にはなれない。と、思った。
あんなくだらない親の言うことを聞いて、
世の中の、様々な綺麗事も汚い事も全部無関係に
ただ、人のために尽くす仕事になんて、
死んでも就けないな、と。
私の場合はそれに加えて医者になれば、
親にたかられるから嫌、ってのも勿論あったが、
大学に入れば派閥がどーのこーのというのに振り回され
独立したあとだってしがらみがたくさんあり、
しかも自分の不勉強を棚に上げ、なんでもかんでも
医者の責任にするよーな患者のために
昼も夜もプライベートもなく、尽くす仕事なんて
私にはそんな職には就けません。
マジで死ぬ。まず、心が死ぬ。
そのように思っておりました。
幼い頃は親の言いなりになり、大人になってからは人のために尽くす。
大人になったら権力にへつらい、或いは覇権を取り、
患者に尽くしたり崇め奉られれたりなんたりかんたり。
とにかく、色々がうざい。
そんな人生って何なんだろう。今でも思う。今でも、私には無理だと。
でも、だからそんな人たちの世界に革命的な技術を用いて
お金を稼ぐ手段を作り出した、伯父である教授はすげー人だと思う。
金の亡者を横におき、自分の大学のミスなんとかの話しかしないような
今、その業界での色々な権力を掌握するよーな立場にいる人。
それだけのことが出来る癖に、
じーさんを、自分の召使のように扱い
じーさんを、自分の対面だけのために大学に入院させ
見舞いにも来なかった、私が最も嫌いなタイプの人。
私が、何故敢えて「この業界」の会社を作ろうと思ったかと言えば
根っこには、この伯父を超えた何かをこの世に刻みたい、という思い。
でも、もう一つは
どんな人生を送っても、病に伏したときや死に直面したときまで
あんな辛い思いをしなくても良いんじゃないか、って 思いがあるからなんだよね。
「あんな辛い思い」
ってのは、まあ、色々ありすぎるので割愛するけど
よーするに、医療現場が崩壊して欲しくないとか
身を粉にして働く人たちが報われて良いと思うことだとか
実際、全ての人が通る以上、他人事と考えてらんないとか
そーいう色々な思いがあって。
私は、このフィールドを選んだのです。
助けたいとか、そんな誇大妄想ではない。
自分もいつかは通る道だから、他人事ではないってだけだ。
最終目標は、あまりにもでか過ぎて
多くの人に「そこまではどうなの」って反応をされるが
実はもう、実現可能であるということが見えてしまったので
見えてしまった以上は、そこに向かって試行錯誤をしていくしかないのです。
生涯のうちで、そこまで至れなくても良い。
礎を作り、それを誰かに託すことさえ出来れば。
というか、そうやって続いていくものでなければ意味がない。
だから、「継続し続けるもの」を作ることを、まず真っ先に考えたのです。