2010年4月アーカイブ

綺麗事を言う。

コメント:

親に兄弟間差別を受けながらも、親の言うとおりに
医者の道を選んだ従兄弟たちは、立派なセレブになっていた。

と、いうことは、妹の結婚式で知ることになったんだが、


それを見て、うわ結婚式すんの嫌だな、と思った。

ただでさえ旦那の両親に、医者の娘ってことでドン引きされたのに
この人達来たら緊張させてしまい楽しくなくなるんじゃないかと思った。

が、その一方で、この人達が私の結婚式に来るわけねーな、とも思った。

父親の血を引く云々で、すげー陰口叩かれてるらしいからな。


この人達は集まると、すぐに誰が誰に似ていてやっぱり身内だよね、
てことをすぐに始めるのだが、私はどうやらそこに含めたくない忌むべき人らしい。

くそくだんねー、と思いつつ、この人達がしがみつくものの
余りに空虚さに、哀れみすら感じる。

幼い頃は、大変可愛がってもらったが、
この人達とはどうしても、仲良くなれる気がしない。色々な意味で。


そんな大人たちを尻目に。


親の人形になる代わりに地位を手に入れた従姉妹たちは

今度は社会の奴隷として、昼も夜もなく働いていた。

その顔はとても美しく、そして輝いていた。


親がどうであれ、子どもたちは美しく育ったよな。と、思う。


しかし私は、幼い頃からこんな人間にはなれない。と、思った。


あんなくだらない親の言うことを聞いて、
世の中の、様々な綺麗事も汚い事も全部無関係に
ただ、人のために尽くす仕事になんて、

死んでも就けないな、と。


私の場合はそれに加えて医者になれば、
親にたかられるから嫌、ってのも勿論あったが、


大学に入れば派閥がどーのこーのというのに振り回され
独立したあとだってしがらみがたくさんあり、


しかも自分の不勉強を棚に上げ、なんでもかんでも
医者の責任にするよーな患者のために

昼も夜もプライベートもなく、尽くす仕事なんて


私にはそんな職には就けません。

マジで死ぬ。まず、心が死ぬ。

そのように思っておりました。


幼い頃は親の言いなりになり、大人になってからは人のために尽くす。
大人になったら権力にへつらい、或いは覇権を取り、
患者に尽くしたり崇め奉られれたりなんたりかんたり。

とにかく、色々がうざい。


そんな人生って何なんだろう。今でも思う。今でも、私には無理だと。


でも、だからそんな人たちの世界に革命的な技術を用いて
お金を稼ぐ手段を作り出した、伯父である教授はすげー人だと思う。

金の亡者を横におき、自分の大学のミスなんとかの話しかしないような
今、その業界での色々な権力を掌握するよーな立場にいる人。


それだけのことが出来る癖に、
じーさんを、自分の召使のように扱い

じーさんを、自分の対面だけのために大学に入院させ

見舞いにも来なかった、私が最も嫌いなタイプの人。


私が、何故敢えて「この業界」の会社を作ろうと思ったかと言えば
根っこには、この伯父を超えた何かをこの世に刻みたい、という思い。


でも、もう一つは

どんな人生を送っても、病に伏したときや死に直面したときまで

あんな辛い思いをしなくても良いんじゃないか、って 思いがあるからなんだよね。


「あんな辛い思い」

ってのは、まあ、色々ありすぎるので割愛するけど


よーするに、医療現場が崩壊して欲しくないとか
身を粉にして働く人たちが報われて良いと思うことだとか

実際、全ての人が通る以上、他人事と考えてらんないとか

そーいう色々な思いがあって。



私は、このフィールドを選んだのです。


助けたいとか、そんな誇大妄想ではない。
自分もいつかは通る道だから、他人事ではないってだけだ。


最終目標は、あまりにもでか過ぎて
多くの人に「そこまではどうなの」って反応をされるが

実はもう、実現可能であるということが見えてしまったので

見えてしまった以上は、そこに向かって試行錯誤をしていくしかないのです。


生涯のうちで、そこまで至れなくても良い。

礎を作り、それを誰かに託すことさえ出来れば。

というか、そうやって続いていくものでなければ意味がない。

だから、「継続し続けるもの」を作ることを、まず真っ先に考えたのです。



私の中にいる、もうひとつの人格

コメント:

しかし私は「善人」ではない。

やっぱり、ただの世間知らずのおじょーさまだっただけだと思う。


というか、そういうことにしておいてくれ。


それでも私は、ある少年が
とても小さな家で、母と兄弟だけで暮らしているのを知っていて

その少年が、痣ができるほどに腕を噛み付かれても、
雪合戦の雪の中に石を入れるという卑劣な真似をしても

誰にもそのことを言わずに、ただ耐えて

ただ、悔しくて、悔しくて、ひとり泣いて


それでも大袈裟に扱う母が、私の腕に包帯を巻くことを

とても、疎ましく思っていたのだ。



そう、色々な意味で、私はそんな環境下で生きることに絶望をしていたのだ。



前記事の続き、というか別視点での話ですが。


では私が無条件に善人であるかと言ったら絶対にそんなことはない。

私は他人の幸せを妬んだりしない代わりに、
人からものを奪えてしまう強さがあったからだ。


というかまあ、負けん気が強い。奪ってでも欲しいという貪欲さがある。

妬むぐらいなら努力しろよ。それが私の本音。

努力もせずに妬むようなヤツを、心底ばかにしている自分がいる。


しかし反面で、そういったものを持たずに自然体である存在に

私は嫉妬をする。

そういう人の前で私は、「強欲」な自分を、とても醜いと思った。


しかしその「自然体」である人は、私のことを愛してくれる。好いてくれる。
そのことは、誇りでもあり、劣等感を強めることでもあったが

より向上したい自分としては、羨望の先にある存在の中に身をおくことこそ
自分の成長の糧になると思っていたし、実際そうなった。




努力が伴うなら良いじゃない、と思うかもしれないが
根拠が「嫉妬故の貪欲」である、っていう部分が醜い、という思いが強かった。

成長したい、ではなく、「負かせたい、勝ちたい」故に努力をする、
時には力や悪知恵を使ってでも、

そういう、手段を選ばない貪欲さという「歪み」を、私はものすごく強く持っていた。


それを二重人格と言うべきか、表裏一体と言うべきかは分からない。

嫉妬心と相手の幸せを喜ぶ気持ちが
バランス良くあれば、こんな苦労もしなかったと思うが

とにかく、どちらも「私」の姿であり、

「手段を選ばないほどの負けん気の強さ」が
私が望まない事柄でも、闘い続ける根拠になっているわけで。


だから、やりたくもなかったピアノを根性出して頑張って
音楽の先生とガチバトルになって大騒ぎしたりとかね。


いじめっことの喧嘩もそうだね、この負けん気の強さが全て災いしており

そういう私を利用しようとする数多くの存在が、私をけしかけになんども近づいてきた。


くだらん、と思う。


くだらんことをわかっていながら、用心棒役を買って出る私もくだらねー。

故に、私は誰ともつるまなかった。常に一人だった。


しかしこの負けん気の強さ故に、私はビジネスと親和性が高く。


くだらん、と思うが、それが必要とされるヨノナカでもあり

くだらない人間が寄ってくるのなんて、誰のせいじゃない、


それが私の限界だからだ。


そう思ったから、自分を変えようと思った。


単純な話。くだらない、と切り捨てる私の心がくだらない、ってこと。


くだらないと思うことを一切やらない、そう決めればいいだけだと。


もう、一瞬たりとも私は、金の亡者のために生きないと決めた、
その時から、私の世界は変わる。



「外からはどう見えているのか」を考える

コメント:

自分ながら嫌な奴だな、と思いつつ、私視点の本音で書きますけど。


幼い頃、私の周囲には、お金をたくさん持ちながら、
更には社会的地位を持っていながら
お金にものすごくがめつい人が、たくさんいたわけです。

と、いうか、身内だな。

特に一番汚かったのは、一番社会的地位がある人の嫁だった。

旦那である私の伯父は、某大学で最年少で教授になり
その娘である従兄弟たちは、幼い頃から姉妹3人を勉強の出来で優劣をつけられ
家の中で母親に、差別をされていた。とても、可哀想だと思った。

彼女の金に対する汚さっぷりは、書くのも嫌なので書かないが
とにかく私は、彼女がうちのじーさんの遺産を目当てに
様々な策を打ち、最終的に(仙人のようだと言われた)じーさんに
死ぬ間際に怒られたことを、本当に残念に思い、同時に

彼女が狙っていたじーさんの遺産の不動産(てゆか民家)の1つを
(じーさんの面倒を見ていた)うちの母が受け取った時、

私は、その民家のお隣の、風呂なしアパートに住んでいて
お風呂を借りに行く立場にいたので

こいつらに何言われるかわからねー。

という思いと、諸々表現しようのない絶望感と哀しさと

とにかくこいつらの近くに居たくない、一瞬たりとも関わりあいたくない。

という心の底からの本音により、1年ばかりではあるが
350kmほど離れた土地にマジ逃げしたりした


私がその民家に住まわずに、隣にある風呂なしの
築45年、大家の猫が勝手に出入するような素敵なアパートを
なんでわざわざ借りていたかと言うと

単純に言えば「アレルギー」が原因なんだが

私は当時、もう身内と一瞬たりとも生活を共にすることが
出来ないほどに、身内の人々の全てに疲れ果てていて

とにかく少しでも良いから離れて暮らしていたかった。

でも、「私は」お金がないから風呂なしアパートを借りて
わざわざ銭湯に行ったり、マジでお金が無いときは
その民家の風呂を借りたいしていたわけです。


「親族は、無類の金持ちだというのに。」


幼い頃から、なに不自由なく育ったと思う。

親族が輪をかけて金持ちだったから(てゆかマジセレブだし)
別に特別な贅沢をしていたつもりはなかったが

パーティに行くのとかは普通だったし
毎年行っていた旅館は振り返ると高級旅館だったし
親が忙しくなればお手伝いさんが家に来てた

そもそも2千万の借金の保証人になれたわけだしね。

でも母はいつでも財産を奪った身内を恨み、
彼らの生活の羽振りの良さを悪く言い
金がない金がない、と言っていたわけです

借金返していたからだと思うけど
それでも十分以上に贅沢をしていた気がします。


で、母が金がない、という理由は
じーさんが大金持ちであったから。


但し別に、資産家とかそーいうんじゃなくて
戦後すぐは畳3畳に4人暮らしとかしながら
大学に通い、歯医者になり、こつこつ働き続け、

それを支えていたばーちゃんが、早くに帰らぬ人となり

それでもこつこつと働き続けた結果、お金持ちになっただけ。


私たちが居なければ、患者さんから貰う
お菓子と牛乳だけで生活するような人でした

だから、必然的にお金が貯まっていったのね



クレーム対応の基本

コメント:

フロントに置く人間は、ある程度空気を読めない人である方がよいです。

何故なら、相手の出方に関係なく、自分のスタイルを貫き通すから
安心感と信頼感を与える結果になる。

但し、クレームになった時、この手の人は謝罪が下手で損をする。


空気が読めて、訓練を受けていない人は
きめ細かな態度は取れるかもしれないが、頼りには出来ない。

例えばクレーマーであるとか、パニックを起こしているような人が来た時、
ただ「空気が読める」だけだと、おろおろしてしまう。

勿論、その後の対応が心底誠意のあるものであれば
逆転の可能性もあるが、相手の良心に依存するし労力も半端ない。

更に「空気が読める」且つ「自分のせいにされるのは怖い」なんて思えば
間違えなく「自衛」に入って、目も当てられないぐらいの大クレームになる。

そして勿論、相手に悪意があれば、間違えなく陥れられます。


#で、変なところで謝罪なんかされちゃってると後処理をするのが
#大事になることもあり、そういう意味でもあまり頼りに出来ないわけですが。


ちなみに「最上」は、空気が読めて、且つよく訓練されている人。

・「常に平静・公平」で居ることが出来ること
・相手の話を聞くことが出来ること
・責任の所在が明らかにならない場合は一切、責任について語らずに
 "相手を不快にさせたこと"に対してきちんと謝罪が出来ること

この3点を持つには「冷静さ」と「忍耐力」が必要。


で、こういう技術は、空気を読める人が身につけるよりも
空気を読めない人が身につける方が、全然楽だと思います。

相手の感情に反応してしまう人は、まず、相手の怒りに対する
恐怖感に打ち勝たなければならんから、結構大変なんよ。


相手に明らかなる不快感をぶつけられた時に、
その内容についてではなく、不快にさせたことについて謝罪する。

そして、その内容がどういったものであるか、相手の話を全て聞く。

最後に、相手の言っていることの責任の所在を「公平に」判断する、
或いは判断が出来ない場合は、調査をする時間を頂戴する。


こんなのは、技術だからね。


また、逆に絶対にやっちゃいけないのは、

相手の言うことに全面的に謝っちゃうことと、
謝ったら負け、みたいな横柄な態度をすること。


ちなみに、空気を読まない人は相手が怒っていることを認知できないのでw
謝ると言う発想が出てこなくて火に油を注ぐケースが多い。


相手が怒っていたら、相手を不快にさせたことに対して謝罪する。

どうってことないです。

不愉快な思いをさせてしまったようで申し訳ございません。
恐れ入りますが、どういったことでご立腹なのか教えていただけますでしょうか?

そんだけです。

あとは、教えてくれた立腹内容について、自分が悪かったと思えば
きちんと謝ればよいし、もしよくわからんかったら
「自分ではわかりませんごめんなさい、上司に相談させてください」と言って、

あとは偉い人に任せてしまいましょう。

こんどはおーばーふろー

コメント:

数日前までは、「情報が無い状態でどうやって形作ればよいか」と悩んでいたのに
視点の変え方がわかったら、今度は「情報が多すぎてどう整理すればわからん」状態に。


ついでいうと、1つの大仕事を終えて燃え尽き感まである。

目下、細かな(しかしものごっつ重要な)仕事が結構山積みなんだが
頭の中にすんげー量の情報が渦巻いていて、全然集中出来ないw


整理のヒントでも探そうかとネットを見ても、全然読めない。
頭の中がぎゅーぎゅーだから、情報が入る余地がないんだな。

こういう状態になるのは珍しい、てゆか数年ぶりじゃないか?
いや、悪いことじゃないんだけどさ。

ただ、やっぱ今はターニングポイントなんだな、と改めて実感。


しかし。

寝て起きたら整理出来てるかと思いきや、余計に情報が増えてたのには驚いた。
どうも、使ってなかった引き出しが開いちゃったっぽい。


「外から見た私の立ち位置(というか行動)」を、
少なくともこの仕事を始めたところあたりから全部
一度、客観的に見つめ直さなければいけない。


そんな作業は、やったことがないわけです。

出来ることを羅列することなら簡単なんだが
「作業」とか「技術」の話にしてしまっては軸がぶれてしまう。

私が行った結果の話ではなく、私自身の話をしなければいけないのだ。


軸というのは、多分どんなことをやっていても一生変わらないと思う。

表現なんてものは、技術レベルでいくらでも変わるが軸だけは、いかんともしがたい。

それが「ある」ことはわかっているし、多分外から見たら
(私が悩むのが滑稽なほどに)何を今更、って話なんだろう。

しかしそれを(他人の視点からではなく)私の「客観」で切り出し、
再び私の主観で言葉にしようとしているところなのだ。


鏡像ではなく、リアルな「私」を、ねじれも歪みもなく「表現」したいのだ。


しかし自分と向き合うイメージを持つのは難しい。

後ろから自分を見るイメージであれば比較的容易なのだが
真正面から自分自身と向き合うってことは、最近何度か挑んでみてはいるが

単純に、やったことないことだからだと思いはすれども


すんげー難しいなっ


原因はわかっている、「自分の本音」っていう雑音が、あまりに大きすぎるんです。



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