qufei: 2009年12月アーカイブ

肌の露出とセックスアピール

コメント:

この表現は、間違えなく勘違い&誤解を産むことをわかっているが
所詮このブログはアングラ側w なので、はっきり書いちゃうよ


服にセックスアピール要素が無いはずがない。

女性らしさ、男性らしさを服装で表すことが出来るって時点でその事実は揺るがない。

#そもそも英語で「sex」ってのは性別って意味でしかないわけだが
#日本において「性」と言うと、性行為を連想するって文化がそもそも問題あるような。

というかだな。

セクシャルが文化の根幹にあって何が悪いことがあるか。

そんなこと言い出したら、メイド服を自ら好んで着る女性をどう説明するんだよ。

ジェンダーってのは、性差別とは別の次元で間違えなく存在する。
それをファッションとして取り込んだり楽しんだりするのは「文化」だ。

ジェンダーを、男性側の立場に都合よく解釈すれば女性差別だし、
同様に、女性側の立場に都合よく解釈すれば男性差別になる。

本質(にあるジェンダー)を都合よく解釈して搾取する行為は
人権侵害だ、ってだけの話だし、

(今回はそういう話じゃないけど)トランスジェンダーという性を認めないのだって人権侵害。


そもそもで、女性に性的欲求がある事自体を認めたくないメンヘルと
女性にある性的欲求を悪用しようってヤツがいるのが悪い。

って話なんじゃないかという気がしました。


でもまあ、欲望があるところには、それを利用&搾取しようとする犯罪が絶対発生するもんだけどな。



追記。

肌の露出について書くの忘れてました(ぉ

ちなみに先日某TVで、女性の肌の露出に対する男性の好感度、
みたいな調査を報告していました。

#そんな調査需要に顔がひきつったが、まあ所詮世の中そんなもんなので。

#TVの締めくくりとしては「モテたければこれぐらいの露出にすると良いですよー」
#みたいな締めだったことを特筆しておく。ちなみに朝のニュース番組。

結論としては40%ぐらいが最も魅力的だと感じるのだそうだ。まあ妥当かな。
夏だったら普通に、ノースリーブ&ミニスカぐらいで40%だよね、と。

で、それ以上だとあまり良くない印象になるらしい。

その「良くない印象」ってのが、今回騒がれている露出度問題のベースだと思うんだが
よーするにヤリマンであるとか男を誘っているであるとかの悪印象を持つらしいんだな。

----2010年5月 追記

#どうやら露出度が高い女性を見ると、男性の脳はそれを
#「人」ではなく「モノ」と認識するようになり、故に大変危険であると
#脳科学者が言っておりますた。人権侵害どころじゃないようです。

----追記終わり

恐らくは一番魅力的だと感じるところまでが、世に言う「普通」の範囲なんだろう。

悪印象を持つのは勝手だが、よくよく考えるとこれは
「性犯罪加害者は異常な性欲の持ち主だから露出度高い女を襲う」

と言っているのとも同義だな。・・・んなわけあるかぃ(反語的ツッコミ

加害者の性的欲求傾向が、全員が全員揃って高露出を好むとか、
そんなデータどこに落ちてるんだ。てゆか普通に考えて有り得ないだろ。


いずれにせよ、全てにおいて差別と偏見に満ちているわけだが
その根拠は案外「自分の感覚」だったりするんだろうな、と思う次第。


また、女性の肌の露出については、こんな記事もある。

gooダイエット 肌の露出ダイエット

どきっぱりと直接的に書いてあるが、

-----引用ここから

女性は女性ホルモンであるエストロゲンが多く分泌されているときほど
肌の露出の多い服装を好み、そしてエストロゲンが低いときほど比較的
露出度の低い服装をする傾向があることをつきとめています。

 まあ、早い話が発情しているときは肌を出したくなる。いわば男性を
性的に誘惑したくなるということになります。

-----引用ここまで

これは「自然な生理現象である」ってこと。

何も悪いことじゃないし、その自然現象を無理に抑圧すれば
ホルモンバランスが崩れて体調をおかしくする要因にもなる。

勿論、欲求通りに自由奔放に生きることが正しいとは思わないし、
生理現象通りに生きてたらそれこそ獣であるw

社会生活においては、ある程度の自重、最低限
法に触れない範囲で楽しみましょう、って話であることは当然であるとして。


で、その「楽しむ範囲」ってのが男性の個人的な好みから外れた途端に
ブーイングが飛ぶこと自体には、あまり多くを言えないのかもしれない。

ブサメンにブサメン。と言うのと
露出度高い人に露出度高くて不快。と言うのは一緒だろう、って意味で。

しかし、ブサメンに「pi-----」なことを言うのと
露出度高い人に「あばずれ」言うのは、偏見で差別なんだろうなぁ。

・・・「pi-----」の部分にはご自由に差別発言を挿入してください。思いつかなかったw

だったら例え話に出すなって話だけど、そのへんはご愛嬌ってことで(ぉ



ま、どれも私は言わないからよく解らんけどね。
一般的感覚がない私が一般論を語るのも無理がありますが。




個人的、且つ女性の立場的には、背中出てるよ、って教えてあげると
サービスサービス って言うような女の人が大好きです。

でも女の子は冷やしちゃだめよ。

ラベル増やしました(おしらせ)

コメント:

ここ一ヶ月間ぐらいの記事だけ、雑記以下詳細のラベルを作って振分けしました。
だから何ってもんでもないぐらいちょっとだけですが。

&それより前のものはめんどくさいから切り分けません

書くようなことでもないと思うのだが・・・

コメント:

防犯大好きな人達の前で、防犯意識がない発言をすれば
防犯なんて無意味だ、と言えばそれ違うだろう。と言われるのは仕方がない。

「防犯意識の有無に関わらず被害者を悪くいうのは良くない」というのは当然のことだし
被害者を悪く言うヤツってのは、結局は他人事で対岸の火事だったり
それこそ「被害に遭ってみないとわからない」ような人たちであるのは間違えないが

だとしても地域の犯罪を減らすにはどうしたら良いか。とか少しでも意識がある人は
未然に防ぐためにはどうしたら良いか。ってのはどうしたって考える。


例えば肌の露出が高いことが性犯罪を増長するという考え方は間違えている。

というのは私も大いに賛同するところなのだが、

それでもそういう事を言い続ける人っていうのは
肌の露出に性的な何かを感じているから
そこから意識を切り離せないんだろうね。

それってようするに、性的に未熟だってことじゃないか?

そこで思考停止して考えるのを放棄しようとする人々を
引き止める努力は絶対必要だし、そこを諦めたら絶対に伝わらない。



大体、犯人に遭わないように気を付けましょうね、という話と
犯人を目の前にした時に気をつけたことなんて何の意味も成さない、という話は

全然別次元の話で、同一線上で話すようなことではない。


同様に、間違えた防犯意識が犯罪の温床になっている、という警告と
防犯自体が無意味だ、と言い切ってしまうことも、決して同じではない。


また、「被害者叩き」と「防犯の是を説くこと」だって全く別次元の話で
そもそも防犯意識が低い人を叩くような下品な人間は相手にしなければ良い。

#そんなヤツが社会の中心で世の中を動かしていたりするなら話は別で、
#警察とか政治家がそんな素振り見せたら大いに叩いてやれば良いと思うけど。


しかし暗い夜道を一人で歩かなければならない日常と、
通り魔事件が多発しているエリアで何の策もなく一人歩きをすることは、

「自衛の意味なし」と表現してしまえば同一視されてしまうだろう。

ひったくり被害だって、警察が頑張って啓蒙してるけど

性犯罪被害の場合、こういう形で啓蒙しにくいようなデリケートな事件が多いから
机上の空論とか偏見が行き交いやすいのは事実なんだから

偏見を無くすのがまず一番大事。としか言い様がないんだけど


日本における性教育の未熟さを考えるに、頭の痛い問題ではあるな。

差別騒ぎの傾向と対策

コメント:

って、別にそんな大層な話でもないのだけど

差別者ってのは自分より格上か格下か、とかいう判断を
ナチュラルにしている人なので、基本的には
格下判定を受けたら、その人とは会話になりません。

会話が出来ない相手と情報交換するのに有効な方法は「交渉」でしょうね。
まず、同じ土壌に引きずり下ろすところからはじめないと会話にならん。

しかし意外と厄介なのは、格上判定をされて会話にならない場合。

結局は、本音で話さないんだよね、こういう人って・・・

納得させたい、対峙したいというなら
(上述の通り)同じ土壌に引きずり出すための交渉をするか
相手の信頼を得るのいずれかになると思うけど

そういう存在の被害に遭っちゃったら、まず、

その人が持つ影響範囲をきちんと見極めて、そこから一旦離れること。

自己判断せず、誰かに相談すること。だと思うんだよほんとに。

一番やりがちなのが、影響範囲内で誰かに相談しちゃうことだけど
これやるとほんとに色々な事実が歪められるから。

とにかく一旦、そこから離れるのが重要なことだと思います。

自衛をしたい人・させたい人

コメント:

歪んでるなーと思うんですけどね。

痴漢でも何でも、被害に遭った人の中でがちがちに自衛しちゃう人ってのがいるわけです。

多分、私もそのうちの一人だとは思うが、私はこういうのは歪んでいると思うし、
見てわかるぐらいに自衛をがっちがちにしている人こそ
襲われやすいんじゃないだろうかと思ってはらはらして見ているぐらいなんだよね。

#こういう意味だけでも「間違えた自衛」ってのは明らかに存在すると思っている。
#今回の話とはまた別の話になっちゃうから書かないけど。


しかし、こういう人達に「自衛は意味ない」と言うとどうなるか。

噛み付いてくるんですね。

噛み付いてくる理由って、結局は自衛なんて意味がないってのを
認めるのが怖いからなんだと思うんだけどまあ、それはともかくとして

自衛を否定する表現では、こういう人達は心を開いてはくれない。


しかしそもそも、語られている自衛が正しいものであるなら、
こんな騒ぎにはなっていないはずなんだが

それ以上に意識を払わなければいけないことがある。


どうして自衛をしたい人は被害者の生の声、

「自衛をしていてもどうにもならないような被害に遭いました」
という告白を、無視(というかスルー)するのか。考察することが出来ないのか。

本当に自衛を考えているなら、被害者の声こそ自衛なり、再発防止なりに
役立つものだと捉えることが出来ないのは何故か。

差別だとか人権侵害だとかラベルを付けて騒ぐのは簡単だが
溝を深めたり決裂したりするだけなら、仲良しごっこと同じだろ。

それが求める世界だというなら、前記事の通り
パワーゲームですかそうですか、で終わる話なんだけどさ。


「間違えた自衛論」には問題が幾つかあるわけだが、

その最もたるは『被害者が声を上げにくい社会』という
加害者に都合が良い硬直化を起こしているところにあると思っている。

要するに、「自衛自衛言う奴らが再発防止の邪魔をしていることに
気付いていないのが問題」
なんだと思うんだよね。

気づいていない人には何言ったってわからん。それはもうどうしようもない。


どっかのブコメに「自衛しても他の人が襲われるだけ」みたいなことが
書いてあったけど、それだけじゃなくて

被害者の自衛を責める風潮のお陰で、事件が表に出て来にくくなる、
加害者が一般人に混じって平然と暮らしてる状況を作ってる。

それどころか、加害者を正当化・擁護するようなことばっかり言う。

本人にその自覚が全くないことが問題なんだよ。


てゆかこーいう人ほど犯罪者にしてみりゃカモだと思うんだけど
カモだって自覚だけはあるから余計自衛厨になっていくんじゃなかろうかと・・・



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