愚痴を言っていた人が、その愚痴通りのことをしていたりするのを見ると
ほんと、人は自身が知っていることしか言えないんだよな、ということを痛感する。
外から見ていると、あれだけ批判していたのに同じことやるの!?
という衝撃があったりするわけですが。
だから、愚痴るにしても、ポジティブな言葉に変換しなければならんと思う。
起きている事象を、違う確度から見つめ直して
良い面を見つけ出し、そっちを「言葉」にしてすり替える。
何かをねじ曲げる行為であるようにも思うが
自分が「同じ」になるとか、怖いじゃないですか。
とは言え、私も他人を悪くいうことはある。
そういう時はでも、大抵確信犯だったりする。
そう、結局人は、自分が知ることしか言えないのだ。
と思う反面で、「無意識な愚痴」が、一番怖いようにも思う。
しかしでは、「改善」したい事柄にぶつかったときはどうすればよいのだろう?
悪いところを言葉にしたら、それに巻き込まれるのだろうか?
そういうところはあるようにも思う。
大体において、他人を説得する時なんていうのは
相手の話をよく聞いて、片付けていっているだけに過ぎない。
しかし相手が「話」をしてくれない場合は?
ここがウイークポイントになっているように思う。
まとまらん。