雑記: 2010年5月アーカイブ

思考を進めてみた。

コメント:

今まで「産みの苦しみ」だと思っていたものは、実は産みの苦しみなんかじゃなくて
捨てたいのに捨てられない苦しみなんじゃないかと仮定してみる。


念のため言っておきますが、子どもは産んだ経験がないのでそういう話ではなく
「作品」「成果物」など、創作物の話でございます。


コンテンツは、自分の手を離れたら自分のものではなくなる。

ではそれは誰のものか?

受け取ってくれる全ての人のものである。


その「全て」に対して、何を伝え、どんな共感を引き出そうとしているのか。


広告の手法で言うなら、ここで受け取り手を「全て」としてしまうのは愚策である。
誰か一人に向かって情熱を伝えることの方が、より多くの人の共感を呼ぶからだ。


で。


私が一番苦しいと思う時というのは、その「誰か一人」が
私にとって不快な存在であるということなのだ。

嫌な仕事を、嫌な相手に合わせてやってしまうと
変なクセがついて、似たような人ばっかり寄ってきてしまう。

というか、経験&実績が「それ」しかないのだから、
その匂いにつられる人ばかりが釣れるのは、ある意味当然。


で、私には多分、生きるために仕方無しに身につけてしまった
「それ」を捨てる、というワンクッションが絶対的に必要で、

しかし自力では捨てるに捨てられない。

で、煮詰まることが、ものすごいストレスになる。


だが実際には、そんなものいとも簡単に捨てることが出来る瞬間、
ってのがあるわけですよ。捨てたいんだからある意味当然なんだけど。


それが、旦那の存在、ってわけだ。


だったら、私は旦那に向けて仕事をすればいいんだよ。なーんだ、そういうことか。




・・・しかし

大変気に入らないが、過去にあまり好きじゃなかった
あの上司の言葉は、正しかったんだなぁ・・・


気に入らないので、ここでは書きませんがっ

もちょっと違う言い方ができるようになったら書く。かも。

破壊活動

コメント:

ちょっといじわるな質問をした。


私:まず前提として、ビジネスを考える上で最優先にすることは客の利益です。

旦那:うん。

私:ではここに、フックになる商品があります。

フック商品というのはあくまできっかけ、フックでしかなく
メインになる商品がないと意味が無いですね?


#「意味がない」ってことを理解していなかったので
#利益のお話を間に挟んだりもしたが、ここについては割愛。


旦那:うん、フックだけじゃダメだね。

私:では、ここにメインとなる商材が2つあります。

1つは、フック商品と全く関係がない商品、もうひとつは
フック商品と相性がよく、一緒に買ってもらうとより引き立つ商品です。

だとすると「フック商品と相性が良い商品」の方が売りやすい。

これは、正しいと思う?

旦那:・・・・(長考)・・・うん。

私:ぶーっ はずれっ


この仮説には「客の利益になるかどうか」が入ってないからNGです。


旦那は、え、でもこの2つだけの範囲で選んだ場合は正しいんじゃ・・・

とか色々ぐだぐだ言っていたが、
「前提が間違えている仮説」なんてものは、全て間違えなのである。

いじわるではあるが、ここはどうしても理解していただかないと困る。


人は、どうしても自分の利益や、自分が売りやすい商品を選びがちだ。
で、どうしてもここの壁が、乗り越えられない。


「全ては客の利益を中心に考えろ、うちがそれを扱えるかどうかは後で考えろ」と
これでもかってほど、口を酸っぱくして言っているのだが、全然身につかない。

どうしたものか。いやほんとに。


ちなみに、もし私が上記の質問で正しい?と聞かれたら、こう答える


2つの商品がどれだけ客に利益をもたらすかを考えて、

同規模、またはフック商材と相性が良い方が圧倒的に客に利益を出すなら、
うちが扱うのはフック商材と相性が良いものの方が売りやすい。

もしフック商材と関係ないものの方が圧倒的に利益を出す場合は
うちが扱うのは関係ない商品の方が売りやすい。


これが模範だとは言わないが、最低限ここまでは言えないとならん。

そもそも、こっちが売りやすくたって客に利益をもたらすものでないなら
客が買うわけがないだろう。どうしてこんな簡単なことがわからんか。


・・・あ、まあ、無理やり押し込む方法もあるがお前にゃ無理だべ。


-----


「取り敢えず目の前にあるもの」にしがみつくのを辞めろ。
それは客やうちに利益をもたらす商品であるかをきちんと見極めろ。


「より良い商品があったらそっちを売る」という妄想を抱くのを辞めろ。
よく見ろ、お前の手元にはそんなものはない。


まず考えなければいけないのは、誰にものを売るか、である。
その次に「何を売るか」が出てくるのである。


そもそも、売り物がある前提でものを考えたいなら、
商品がある会社に就職すれば良いのである。

起業する必要ないし。


でもね、大学を出たわけでも、営業経験もないようなやつが、
そんな売りやすい商品を扱う企業に就職なんか出来る訳ないでしょ。


で、起業をしたからには、あんたが売り物考えないと意味ないでしょ。
私が売るんじゃない、あんたが売るんだから。


-----


どーもね、考え方が「雇われ」なんだよね。どうしても。

まあ、そういう生き方しかしてこなかったんだから仕方がないが、
その観念は、破壊しないと新しいものが入らない。

情報整理は重要だ(でも苦手だ、みたいな

コメント:

はっきり言うと、苦手分野のお話でござる。てな感じで
多分暫くは進行形のまま突き進む予定なんですが(ぇ


----


先週、家業用の裏ブログを作った。

良さそうな情報を見つけると、自分&旦那宛にメールで通知したり
作った資料も同様に、メールで送るだけだったのだが

情報量が膨大過ぎ、且つ分類してないからすんごい扱いづらい。

しかも、時間が経つに連れ、変更事項とかも出てくるでしょ?
そうすると、それ以前の情報とそれ以降の情報で、またわけわからなくなる。


なのでまあ、ブログに蓄積していきましょう、と。
ブログであれば、時系列&タグやカテゴリで整理が出来るからね。


で、やり終えて、思ったのだけど。


情報は整理して初めて広がっていけるですね。

今までぐだぐだ山積みになっていただけの情報が
やっと、横に広がってきた。今更感もありますが。


まあ、広げるだけ広げてから、あとでまたそれを
収拾して、別の箱に整理整頓していかねばならんのです。


そうすると、多分ブログでは、収まりきらなくなる。
というか、またぐだぐだになる。ような、気がする。

以前もそうだった、趣味の情報サイトを作るときに、
ブログ導入を検討したが、まかない切れんと断念。


ブログは、ちょちょいで量産出来て便利なんだがなぁ。

さて、どうするか。


多分、めんどくさがらずに、テーマごとに
ブログを振り分けるのが良いんでしょうね。


最初からラベリングとか間違えない脳の持ち主であれば
苦労しないんだがな;;

ラベリングの研修とか行ったけど、どーしても脳みそに入らんかった。
超絶、苦手分野なのです。しくしく。



旦那は、更に輪をかけてそーいうの苦手だから
私が整理してやらんと、旦那がこの情報を使えませぬ。

待ち時間の暇つぶし

コメント:

私が企画を考えるときのことを書いてみる。

#コンペになるのはリニューアルが殆どなので、それを想定して書く。
#ちなみに「依頼」を受けるのは、ゼロベースの新規案件が多いです。


まずコンペの目的、客の好み、可能であれば客が競合だと思っている社名を聞く。
聞けない場合はこちらで勝手に想定するが、大抵は意見を持っている。

目的をどう実施するか、を考えるわけだが
客がやりたいことをそのままやるのが果たして得策か?ということは絶対考える。

また、競合についても客の言うことを鵜呑みにするのではなく
こちらが主観的に見て客の競合だと思う会社があれば、そこについても調べる。

こちらの主観と客の主観が一致していればあまり問題はないが、
差異がある場合は、何が要因となっているのかを考えて、
「客が意識していない本音」を割り出し、それに対して企画を作る。


それから、客の目的を達成するための競争力について考える。
どこで差別化が出来るかを考えて、そこを軸に企画を作る。


次に、現状を分析する。

アクセスログが貰えるならそれを分析するが、
無理な場合は担当者の実感を聞いたり、Alexaを使う。

それから、実際にサイトを利用してみる。

ゴールまでどれぐらいのクリック数で辿りつけるかとか
利用者が目的としそうな内容にあたりをつけて、どれだけ「親切」であるかを考える
(サイトにより違うが、例えばECサイトであるなら商品情報、送料、問い合わせ等)

ここも、ある程度上手く考えられているサイトであれば、あまり苦労はない。
それらをベースに、より成果が上がるコンテンツを追加するという方向に行くので
費用もあまりかけずに提案を作ることが出来る。

が、大抵の場合は手の施しようがないことが多い。

そうなると、テコ入れするよりもゼロベースで作り直した方が早いし安い。

その場合は、どのコンテンツ(中身)を引き継ぎたいか
(引き継ぐ必要があるか)の意思確認をする。


そして、ユーザーのターゲット設定と、アイディア出し。

ターゲットは通常はセカンダリ・プライマリを設定。
それだけじゃないこともある。

方法も色々で、アンケートとかペルソナとか。

尚、「現状はこういうユーザーだけどこういう層にアプローチしたい」
という要望にて依頼をされることも結構多く、
その場合は現状のユーザー層をセカンダリに持ってくる。

アイディアは、ブレストするところなので
予算のこととか度外視、ついでに、客のことも度外視して
ひたすら「ユーザー目線」でアイディアを出して行く。取捨は、後。

ただし「かけた費用だけ回収出来ること」だけは絶対に外さない。
複合的にでも、それが達成出来ない場合は絶対に提案に組み込まない。

#但し客がどーしてもやりたい、って言ってる場合はオプションにする。
#で、回収出来ない理由とかも色々添える。


次にプレイヤーを考える。運用体制とか、これもまあ、色々。
最初は「ユーザー目線」でプレイヤーを考えて、
実現可能かどうかでそぎ落として行ったり、不足したら足したりする。


次は、見積もり。業者選定や自分らの人件費も考えて、
それらひっくるめて、客にどれだけの利益をもたらすことが出来るかを詰める。

勿論、目下の懐具合も考えるが、それだけではなく、
いくら投資してもらうとどれぐらいで回収が出来るか、を考える。

回収というのは、投資した分だけ稼ぎが出ること、+-0になることだ。
その後に黒字化するわけだが、そこまで運用出来るかどうかを考える。


そして最後に、資料作り。提案の裏取りとか目標数値と実現時期とか
素人でもわかるように落としこみます。完成予想図みたいなのも入れる。

難しいことは資料には書かずに、口で説明したり、別資料を添える。

あとは、客の気を引くお得情報みたいなのを織り交ぜる。
うちに依頼してくれると、こんなお得なものがついてきまっせー、ってやつです。

これが出せない相手だと、なかなか取るのは難しい。まあ、当たり前だが。


・・・と、いうことを、時間がある限り頑張ってやるわけですが。


私の考える企画は、基本的にはユーザー視点なので
そこで合意が得られる客じゃないと、まず刺さりません。


ダメなケースは「俺はこういうのが好みで、こういうことをしたいんだ」と言うタイプ。

そーいう人の場合でも一応、実現可能なプランを準備して
実現するとこんだけのお見積もりになりますえ、で、回収見込みはこんだけ。

と言うと、その場ではしぶしぶ引き下がるが、後でころっと忘れて
何度も俺様ルールを振り回す→無意味なプランの準備 という
悪循環が発生するので、本音を言うとこういう客とは仕事をしたくないです。

#ひどいと、目標なんて設定したら達成出来なかったときに
#責任とらされるから嫌だとか言う。

#設定しなくても予算だけ使って売上が立たなければ
#責任を取らされる、という想像力は働かないようだ。

#ちなみに広告費として認められるためには使った予算を
#2~3年以内に回収する必要がある。3年以内に逃げればOKってか(ぉぃ


あとは予算ね。

個人で仕事をする場合なら、絶対に相手の出せる額でしか
企画も見積もりも出さないのであまり問題はないのだけど

会社でやる場合はそうもいかん。自分らの人件費とかも結構な額になる。

で、んあー、その額になっちゃいますかー、そーですよねー みたいな感じに。

前職場もそうだったし、うちの今派遣出稿している会社も、高い。

まあ、そんだけの価値を出せるってこともあるし
規模もでかけりゃ、プレイヤーも多くなっちゃうしで、仕方が無いんだが。


でまあ、提案をして勝てるパターンと言うのは

ものすごく客にとって魅力で、且つ予算が出せる範囲である場合。
それは文句なく、受注が出来ます。

そういうとんがった要素を求められていない場合は、
予算が中程であり、内容も中程であり、要件を満たせている場合。

あとは、客と営業の仲良し度。これについては色々あるのだが
仲が良くて誠意があるのが最善です。とだけ。


でもってまあ、企画出してから色々と妄想するわけです。
即決ならまあ、妄想することもないんだけど

もし時間がかかっていたら、どこがネックになってるのかな、って。

本当なら、そーいう妄想(仮説立て)はせずに、
後で担当者に教えてもらえば良い問題なのだが

仮説が合ってたらよっしゃ。って思うし、ずれていたらその差異だけ
客のことを掴みきれてなかったという反省になるので、

まあ暇つぶしも兼ねて、考えておくわけです。


と、いうわけでですね。

GWを挟んだとは言え、2週間前に出した企画が音沙汰ないんですがw

てゆか結構納期ぎりぎりの案件だから、そういう意味でも早く結論出して・・・(泣笑

返信の追記(というか独り言

コメント:

私は、自分を傷つけた存在に「癒し」が必要だと思うが
「許す」つもりは毛頭ないし、許す必要もないと思っている


許さなければいけないのは相手ではない、自分自身である。

自分は、相手の属物などではない、一個人である。

誰のものでもない、自分の命。そういうことを自覚し、
苦しめられたことに対し怒りを感じる自分を許し認めること。

それが出来なければ、生きること自体が苦痛になってしまう。


哀しんでるだけじゃ、憂えているだけじゃ世界は変わらない。


----


と思う反面で「因縁」ってやつはあると思うけどね。

もし、自分が嫌なことをされたら、それはもしかしたら
過去に誰かにやったことの仕返しをされているんだと思え、

みたいな考え方があってですね。

そう思うと、ああ、私ならこういうことやりそうだ、という
嫌~な気分になるわけです。絶対やらないとか思えないという。

だから結局は、反面教師的に自分がそれをやらないよう
戒められているよーなもんなんじゃないのかな、と思うわけですよ。

似ている存在ほど見ていて気分が悪い、ってのは
そーいうところがあるからなんだと思うわけです。


以前もどこかで書いていると思うが、

人は、その人の脳にある知識の範囲でしか物事を理解出来ない。

他人に対し、嫌な面ばかりが目につくようであるなら
その内容は、自身の悪い面であることが多いし

他人を悪く言う人たちの言葉というのは
その人自身の悪い面であることが多い。


しかし問題は、そういったことを理解した後にある。
「その上で相手(或いは自分)にどんな言葉を投げかけるか?」


それが「あなた自身」となっていくのである。


---5/4 追記

で。その「あなた自身」が傷ついている自分を認めず
自分の自我と反したところに「あなた自身」を構築していくと、

自我と「(あなたが構築した)あなた自身」が乖離していくから
それはそれで、どんどんまた生きていることが辛くなっていく。

また、逆に「あなた自身」を作ることに意識を払いすぎ
精神的につかれてくれば、それはそれでネガティブな思いが内側に募り
さっきとは逆の意味で、自我と「あなた自身」が乖離していく。


更に、それを無意識にやっていたりすると
自我と「(周囲から評価される)あなた自身」の乖離に対して
どのように対応すれば良いかわからなくなるんじゃねーかなとも思う。

自覚的であるなら、ある程度コントロールは出来るはずなんだが。



このアーカイブについて

このページには、2010年5月以降に書かれたブログ記事のうち雑記カテゴリに属しているものが含まれています。

前のアーカイブは雑記: 2010年4月です。

次のアーカイブは雑記: 2010年6月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。