教育: 2010年1月アーカイブ

誰のための仕事か、とか。

コメント:

最近読んだ記事に

"誰"のための仕事なのか? リストラで"人"が失うもの:日経ビジネスオンライン

というものがある。

他にもこれとかこれとかの記事を読んでいて、とにかく
なんじゃこりゃ。と思うばかりである。

どうしてこうなったのかが、全くもってわからないのだが
不合理すぎて意味がわかりません。

生産性が落ちるよーなことを一生懸命保持して誰が幸せになるの?


今はプライベートモードになっちゃってるけど、
ガメさんのブログを読んだり、他の色々な裏話を聞いていると

近く訪れるであろう、資源が枯渇した際に沙汰される民族として
日本が標的にされているんじゃないかとか思ってしまいますw


だって簡単だからな、日本人を沙汰するのなんて。
それでいて、お金があって資源を集める力があるのなら
そりゃ真っ先に狙われよう。という気もしなくも無い。


#加えて旦那曰く、軍事的な意味での技術力が世界にとっては脅威なんだそーだが。


でまあ、そういう外敵が本当にいるかどうかは別問題として、


いずれにせよ日本は今のままでは衰退する。

資源が云々とか自給率がどうのとかいう話ではなく、
生産性とか向上の意欲とかそういうものが削がれるような
社会のありように大問題がある、という話で。


そう考えたとき、ではどういう方向に向かえば良いか。と言ったら
決して「出来る人だけが頑張ることで成り立つ」ような世界ではなく

どんな人でも社会に参加をすることが容易であり
それでいて、遣り甲斐のランクが分かれている世界である方が
間違えなく建設的であろう、と考えている。


実際、選択の自由がものすごくあるにも関わらず、
あたかも選択肢が少ないように感じるこのご時世。

なんですかこれは。

成功の条件みたいに言われていることの定義が
あまりにも少なすぎるし、貧相すぎるし、非生産的だし

あまりにも、視野が狭すぎるというか、目先ばっかりで
全体のことを全然考えてなさすぎて頭が痛いというか。


そもそも、日本の技術力とか優しさとかの良い点を生かせれば
地球上で養える人の数が増えるかもしれないのに。とかね。

まあ、それはそれで都合が悪い人がいるのかもしれませんけど

そんな利己的な目論見は無視して、そーいう方向に
お金や人の流れを持っていくことが出来たら良いんじゃないか。

とか、途方もなくでかいことを妄想する日々であります。


ま、妄想するだけならタダなんで。


そういうのは賢いとは言わない。

コメント:

高いリスクを取る人にはインセンティブを付けるって当然じゃないか。

と、思うのだが日本ではそんな当然と思えるような理屈が通じない。

リスクを取れるような人ほど、割を食うようになっている。
故に、リスクを背負わされないように振舞うことを賢いと称する。

能ある鷹は爪を隠す、ってやつだ。

しかし本来、能ある鷹は爪を隠すという言葉は

確実に獲物を仕留めるには、爪なんか出してたらばれちゃうでしょ、

って意味であって、能力があることを隠せば
余計な仕事を背負わされなくて済むじゃないか、という意味ではない。


爪を隠して、爪を使う機会を失するのは愚の骨頂である。
そういうのは、賢いとは言わない。


日本の本当に腐っているところは、出来るヤツが
楽をして稼げることを賢いとする風潮にある。

出来るヤツがやらないってのは、出来ないヤツがやれないのとは意味が違う。

しかし、やってもやらなくても給料が同じであれば
出来るヤツがやらなくなるのは当たり前のことだと思う。

私だってそんな不条理を押し付けられれば、さっさと次の職を探す。
#実際にそういう経験はある。


能力がある人を使えないのは、賢いとは言えない。

・・・まあ、実際のところ賢くない「普通の人」が組織を構成しているので
そうなってしまうのも、ある意味致し方ない。ということなのだろうか。


まあ、普通の人が中心、ってこと自体は良いと思うのだけど
「仕方ない」で済ませて良い話じゃないよなぁ・・・


げんなり。


能力がある人の自立、例えば医者の自立を阻害すれば
巡り巡って自分らが困るということに気づかないことは

賢いの普通のいうレベルで割りきって考えて良い話じゃないと思う。

そもそも「普通」で終わろうとするなら、先進国の真摯さに勝てるわけがない。

ただ自分らのことだけ考えればなんとかなるような時代は
とっくに終わったんだってことに、もっと真剣に向き合っていただかんと
何もかにもを巻き込んで沈没しますぜ ほんとの話。

罪は憎む。人は憎まない。

コメント:

人を憎む、ってことをしてしまうと
その人がやり直す道を閉ざしてしまうことになるからな。


愛と憎しみが表裏一体だと思っていたときは、
なかなかそういう風に割り切ることが出来ず苦労をしましたが

結局、そんなのは愛なんかじゃなくて

愛されたい。の方だったんだな、と。

知らないことは出来るはずがない。

コメント:

或いは人材育成は本当に大事だよ、ってお話。



数日前に、旦那のことを褒めちぎってみたが
昨夜、この人が想像以上の逸材であることが判明した。


某ブログのコメントに書いたが、30歳も半ばを過ぎて
営業事務の仕事っていうのはなかなか見つからない。

それは女の仕事だ、と言われてしまうか、
或いはその年齢の男性に払う給料じゃないから、と

女性蔑視でありながら、男性に対しては
蔑視どころか存在すらシカトという
大迷惑な概念をぶつけてきて、門前払いされるのだ。


そのことに対する怒りとかは、ここでは置いておく。
愚痴ったところでなにが変わるわけでもない。

嫌なら「そうじゃない組織」を自分で作り、それを成功ロールとして
世に知らしめれば自ずと変わっていく。変えていく。

今のところはそれしかない。
#失敗したら意味ないけどな。


で、今回の問題はそこじゃない。

向き不向きはあると言っても(確かにexcelの技術はなかなかのもので
最近派遣会社で受ける適性テストは全て満点を取っているようだ)

成り行きとは言え、ゲームの新作発表イベントブースの
企画運用責任者まで任せられたことがある人が、
希望する職種が「事務だけ」というのも正直勿体無い。

勿論、いきなりマネジメントは無理かもしれないけど
営業であれば求人はある。


旦那は日頃から「営業は向いていない」と言っていたので、
あまり強く勧めることはしていなかったのだが、
あまりの求人のなさに流石にちょっと視野を広げないとな、と思い

お金を稼ぐ事自体が苦手なのか?と訪ねてみたが

よくよく聞いてみると、全然そんなことはない、
むしろお金は大事だと思うし、稼ぐことは全く苦にならないと言う。


あれ?と思った。


ぶっちゃけ、稼ぐことに抵抗が無ければ
営業なんて誰にだって出来る仕事だ。

#成績の善し悪しは別として。

なのになんで営業が苦手なの?と聞いてみた。

そして、私は大爆笑をした。



若いチカラを潰しちゃいかんと思うんだがな

コメント:

私は、きちんとお金を貰わないとマネジメントなんてやりません。

同じ給料でマネジメントまでやれ、と言われたら
そんな会社は辞める。当然だ。

#最近そんな話が記事になってたけど。


だけど、そこで引き受けないとクビになるから・・・

という人が、今の世の中の殆どだろう。

しかしもし私がそんなとんでもない要求に腹を立てて会社を辞めたとしても
他の人、特に若くて安く雇える人が、代わりに採用されるだけなのだ。

そして、それを「期待されている、チャンスだ」と勘違いして
頑張るのだけど、そんな会社はそもそもマネジメントが出来ていないから

誰にも、マネジメントの何たるかを教えてくれることも無く、
本を一生懸命読んでも、うまくいくことも少なく、結局自分が全てを被ることになる。

そうやって、大抵の人が、潰されていく。

或いは「火消し上手」と言われる人がマネージャーをやる場合もあるが
そういう人は、火消しはするけど、マネジメントが出来るわけじゃない。

そもそも、両方が出来るなら、給料の桁が1つ変わってくるはずなんだ。

で、結局そういうところでも、「出来る社員」というのが
代わりにマネジメントをしているわけですよ。安い給料で。

なんかね、本当に、腹立たしくて仕方がなかった。


そういう場では、私は「仕事が出来ない人」という評価になる。
知ったことか。私は自分の信じるもののためにしか働かん。

金のためでも、会社のためでもない。「人」と、自分の生活のためだけだ。

私が大切にしたい存在以外のためには、
一切の労力は割かんと決めているのだ。


以下は相変わらずの自分語り。過去のこんなことがありますよ、って話。
楽しい話題じゃないですけどね。

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