日常: 2010年3月アーカイブ

酒飲みって役に立つことあったんだな。

コメント:

ビジネスを、その位置から見ることが出来る人が友達になってくれたことを、
心より神に感謝しますw


さて、今日は一緒に組んでいるおっちゃんのやろうとしているビジネスと、
「似ているけどちょっと違うこと」をやる店舗が出来ていたのを発見したので、
早速偵察を兼ねて、世間話をしに行って参りました。

勿論客も兼ねてですが、しかし自分の立場は示しつつ、

で、お仕事視点で何なんですが、実際のところこんな立地条件に店舗構えるって
どうなんすかね?とか、客の傾向や動きなどの、確信ついたお話もして参りました。

収穫は多かった。

あくまでも、世間話としてね。


そして思った。


これは、確かに「特殊能力」だわ。こういう会話はそう簡単には出来ないかもしれん。
しかもこの調子で「ここだけの話だけどね」ってことを教えてもらうこともよくあるのだ。


私がなんで「お前口だけで渡り歩いてきただろ」とか
悪意を持って罵られたりするのかが、なんとなくわかりました。

ついで言うと、あんたばっかずるい、ってのもよく言われる。
そんなこと言われたってなぁ。



その人の「愛」のカタチ

コメント:

ある女性、カナダに帰化した元日本人のレズビアンの人に、
猫の絵を見せたときの感想は、こういうものだった。

現物のデータはどっかいっちゃいましたが
猫が自分の背中を毛繕いしているところの絵です。


この、届かないところを一生懸命毛繕おうとする姿は
あんたそのものだね

愛の形ってのは、みんな一緒でね、
あんたがこうやって、届かないところを一生懸命どーにかしようとする姿は

人に対しても、仕事に対しても、道に落ちている石ころに対しても
一緒なんだろうと思うよ。その人の愛の形ってのは、何に対しても変わらない。


それから、首の骨ってのは、その人の人と成り、そのものの形をしているんだよ


私の首の骨が奇形であることなんて、この人に言ったっけなぁ、と思ったが
そのことを指されて言われているんだってことはわかった。



そういえば。

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先週、お絵かき教室水彩画教室を行いました。

最初に教えて、と言っていた人が夕方に用事が入ってしまい
最後まで描ききれなかったため、次回に持ち越しましたが

およそ3時間で行ったのは、まず水彩色鉛筆の使い方を色々。

次に、紙によって伸びも滲みも全然違うってことを体験いただき
好みの紙を決めてもらう。

次に、スケッチ。


で、気がついたんだが、漫画描いている人はアウトラインで捉えちゃうんだな。

目ってのは、光を捉えていますので、どのよーに光が当たり反射して
自分の目に写っているのか・・・よーするに「面」で捉えて描くと良いよ、とか

構図が決まらんて人には、そんなのはもう理屈の世界だから
じゃあ今度は美大入試のデッサンの本でも教材にするか、とか

距離や角度をきちんと図りながら描かないと目の錯覚にだまされるよ、とか

そーいう、おえかきの基本をやりましただす。

で、本番の下絵の途中でタイムアウトとなった次第。次回は色塗りです。


意外に、旦那の猫が可愛く描けていたのだが、猫(好きなもの)以外を
描く気が起きないっぷりがすごかった。途中で描くのやめてるしw


帰りがけ、しっかり教えてもらえて良かったよーと言われたので
描けても教えられない人もいるが、私は描けなくても教えられるからなっ

と、えばってみた。うははー


まあ、基礎をとことん突き詰めるのとか、結構好きなんですよ。我流だけど。

描き上がったら(こっちじゃなくて表のブログに)UPするかにょ。

しぬのはこわいとおもうとき

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ある知人、親友の友達ぐらいの仲の人(男)の、ほんとにあった怖い話。


ある場所に行った。興味本位で。3人で行った。

その後、彼以外の2人が変死した。それが偶然だったのかどうか。

そういう経験があったから作ったという作品を見せてもらった。


楽しそうで、緻密で、

彼の作品は明るくて優しくて、とても好きだった。

特に好きだったのは、錆びたロボットと小鳥の絵。


柔らかな笑いの中に、そんな体験があったことにちょっと驚いた。

そしてそれを、ある友人(ゲイ)に話をする機会があった。


怖かったろうね。

うん、と頷いた。だって、お友達が死んじゃうんだもん。それは、怖い。

自分も死ぬかもとか、考えたろうね。

えっ。

そっか、そうだよな。そう考えるよな。


私には、そーいう感覚が、全然わからなかった。

だって私だったら、


連れて行って、置いていかないでって言ったかも。


中毒症状。

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私は無意識で本気で「急所」を攻撃するので、
過剰防衛で加害者になるんじゃねーかと思う。だから怖い。

急所と言ってもあそこって意味だけじゃない。

目であるとか、顔や首の頚動脈等々の
マジやばいところにざくっと手を出してしまう。

基本的には相打ちを狙っている。

自分は傷つきたくないと思えるなら守ればいいのだが
命を刺し違える覚悟で挑んで行ってしまうから私は危険なのだ。


こう言っちゃなんだが、殆どの人は「加害者になりたくない」だろう。

なのにこっちが勝手に相手を加害者だと決めつけて攻撃するのは、
そりゃもう立派な暴力なのである。

無意識にせよ、周囲(の男)に対して恐怖心を抱くことは
相手を傷つけることだと思ったので、克服したかった。

無意識にせよ、近寄ってくる人(特に男)に対して
いきなり急所を攻撃するのは、人としてダメだろうと思っていた。


相手は悪くない。この人は悪くない。


悪かったのはオヤジであり、母であり、この人じゃない。

そんな、簡単なことを、頭ではわかっていても身体はわからない。
深層心理は、わかってくれない。

だけど、だからこそ、流されちゃダメだと思ったんだ。


これは私の問題であり、私と親の問題であり、

あなたの問題じゃない。

そういう風に考えないと、似たような人を見つけては攻撃するっていう
地獄のループから逃げられません。


それは「不幸中毒」だと思う。


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そういえば関係ないけど、ニートも中毒やんね。

旦那に言ってみた。本当は、こういうことはあまり言いたくなかったが。


このまま何も出来ないまま行ったら、職も居場所もなくすって思っても
ぐうたらな自分を変えることが出来ないのは何故?

むしろぐうたらな自分を変えたら負けだと思うのって、
タバコやアルコール中毒の人と似ているよね。


悪い習慣を変えるのは、すごくすごく心を強く持つ必要があるよね。


変わる気、あるの?

方法が分からないならいくらでも教える。

けど、「変わる気はあるの?」


どんなに周囲がお膳立てしたって、あなたの変わる気が本物でなければ
絶対、絶対に変わらないんだよ。自分のことなんだよ。わかってるの?

あなたがぐうたらした生活していると、私が巻き込まれて体調崩すんだよ。
あなたのぐうたらは、私も自分も不幸にするんだよ。


わかってるの?




てゆかなんで私と同じことをしようとして諦めるのかがわかりません。
そんなの無理に決まってるだろ、タイプも経験も全然違うのだから。

人と同じようになろうなんて思うな。その時点で負け犬だ。

自分を最大限に生かした生き方をしろ。

そのための手段を見つけろ。

そのために共有すべきは「目的」だけである。
目的だけは、共有しないとならない。だから、目的意識をしっかり持て。


以下は、ある精神科医の受け売りだが、

大きな目的が難しいなら、目前の小さな目標で良い。
例えばこの本を買う。そんなちっぽけなことで良い。

その「目標」に期日を決める。

そして、その期日までに何をすればよいかを考えるのだ。

訪ねてくれば、手段を探す方法は教えるが、私からは教えない。

きちんと考えて、自分で質問しろ。


その目標達成計画がずさんで非現実的であるなら
そのように指摘する。そしてどこに穴があるのか教える。

だから、まずはやってみろ。

話はそれからだ。

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