一生の仕事を選ぶということ
http://gihyo.jp/lifestyle/serial/01/software_is_beautiful/0001
この記事では、好きなことをやれという結論で、個人的には同意出来ない。
私の場合は、好きなことは誰にも邪魔されたくないので
それを仕事にするとか死んでも有り得ませんw
しかしこの記事を読んですごく腑に落ちたことがある。
「よーするに没頭出来るものならなんでも仕事に出来る」ってこと。
実際私は大変飽きっぽいので、クレーム対応とか天職かと思ったわけですよ。
だって、2年やってても「新手のパターンきたこれwww」って感じで、めっさ楽しかったもん。
しかしアレルギーが悪化して、続けるのが困難になってしまった。
それっていうのは、結果としてあれは天職じゃなかった、ということなのだ。
私の気持ちがどうであれ、「継続出来ない」ならそれは天職じゃないのだ。
#そもそも私はどんな仕事も死ぬほど一生懸命で
#やめる時はどんな理由であっても、切ない。そーいう人なのだ。
で。
私は今の仕事、基本的には好きじゃない。
個々の作業は好きなものも多いが、作業には、嫌いなものも含まれている。
それらを総じて「仕事」として考えたとき、決して「好き」ではないのですよ。
そもそも頼まれたのがきっかけで、自分でやりたいと思って始めたわけでもないし。
だが、どーにもならんほどに「向いている」と思う。好きとかいう次元を通り越して。
どんな困難にぶち当たっても、諦めようとか辞めようとか、思ったことがない。
うわもーむっかつくー絶対乗り越えてやる。とか、
すみません闘い場所間違えました出直します。とか
とにかく、前にしか向いてない。いやむしろ、力不足こそ嬉しく思う。
だって、成長できる余地があるってことだもん。
飽きない。進化し続ける。素敵だ。
だから仕事としては最適だ。
正に「生業」として、ナチュラルに、いつまでも、ずーっとやってられる。
これこそが天職。ってことなんだろう。
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天職 というものを考えたとき。
それは「向いているもの」なのか、「好きなこと」なのか、
それとも他の違うパターンなのかはわからないが、一番重要なのは
続け続けることが出来るもの。
なのだ、ということ。
例えば、さっきの体調を崩したというのもそうだけど
薄給だったり、身体がついていかなくなったり、
合わない人が居るってだけで継続出来なくなったり
(どうしても嫌なら他の職場に行けばいいだけなのにそれが出来ない)
向こうから切られちゃったり、職探しをした時に雇ってもらえない
(どんなにやりたくても市場にニーズがなく、また自力で創造も出来ない)ってことは、
それは、続けられないものだからダメなのだ。
ここが、重要なのよ。
絶対に間違えちゃいけないのは、例え向いていようが得意だろうが好きであろうが、
生活が出来なくて継続不能になるなら、それは天職なんかじゃない。
ってこと。
職ってのはさ、自分ひとりで完成しないわけですよ。
買う人がいて売る人がいてはじめて成り立つわけ。
そこを、根本的に間違えてる人は、絶対にダメだと思います。
本当にそれを継続したければ、より稼ぐ手段とか必死に考えるはずで、
それが出来ない・実を結ばないのは、それはもう、天職以前、
「職」として成り立たない。ってことなのだ。
しかし、もし他に同じ仕事で成功者がいるなら、
多分その成功者以上にやり込んでないだけなのだ。
既に市場が出来上がっているなら、先駆者以上に頑張るか
隙間を見つけない限り、「職」には出来ないだろう。
と、考えることが出来るかどうか、なんだよね。
まずは何事に対しても必死に続けようと食らい付く精神がなければ、
何をも天職にすることは出来ないのではないかと思うわけです。
一言でまとめると、
どんな困難にぶち当たっても、乗り越えられるもの。それこそが、天職。
ってことなんじゃないかな。と思いました。